2017年05月01日

円虹『ホトトギスの魅力(二)』

火を投げし如くに雲や朴の花        野見山朱鳥(のみやまあすか)
(ひをなげしごとくにくもやほおのはな)

なほ続く病床流転天の川          同
(なおつづくびょうしょうるてんあまのがわ)


野見山朱鳥のホトトギス初巻頭は昭和二十一年十二月号です。丁度、六百号にあたり各地で記念大会が催された年のことです。虚子先生七十二才。朱鳥二十九才。先生は、「小諸百句」を刊行され、最も充実され高潮されていた頃です。朱鳥も亦ホトトギスの鬼才として瞠目されました。
虚子選が年尾選に変ったのは昭和二十六年三月号、通算六百五十一号からですが、その時の巻頭も亦朱鳥で、

われ蜂となり向日葵の中にゐる       同
(われはちとなりひまわりのなかにいる)

爪に火を灯すばかりに梅雨貧し       同
(つめにひをともすばかりにつゆまずし)


でありました。朱鳥は都合三度ホトトギス巻頭を得ておりますが、三度目は昭和二十八年七月号、通算六百七十九号。

生れ来る子よ汝がために朴を植う      同
(うまれくるこよながためにほおをうう)

雪を来し足跡のある産屋かな        同
(ゆきをきしあしあとのあるうぶやかな)


という完璧な客観写生句です。
朱鳥の第一句集は「曼珠沙華」で、真紅の扉に虚子先生の題簽があり、その序文は「曩に茅舎を失ひ今は朱鳥を得た。」という短いもの。川端茅舎の句集「華厳」の序文の、「花鳥諷詠真骨頂漢」と一対をなすものであり、茅舎に私淑していた若い朱鳥を感激させたことと思います。
ところが、第二句集の「天馬」では、同じく虚子先生の題簽を戴きながら、序文の中味は一転して「私は此頃少し多忙の為にゆっくり選をする暇がない。」「異常ならんとする傾向は愈々激しくなって来て、私から見ると具體化が不充分であるやうな感じがする。」「歌とは違って、俳句は何處迄も客観描寫を主として具體化が十分であらねばならぬものと思ふ。」という千仭の谷へ突き落とすような激しい叱正の言葉となっております。先生からこんな序文を貰った人は後にも先にも朱鳥唯一人しかありません。しかし、朱鳥は神妙に師の鞭を受け止め、その後、十字架を背負った基督に自らを擬し「花鳥諷詠」の中から「生命諷詠」という道を選び取り、生涯を賭けて師の信に応えようと致しました。朱鳥は、昭和三十二年三月号、通算七百二十三号の一句欄に

くぐりたる妻と茅の輪の前のわれ      同
(くぐりたるつまとちのわのまえのわれ)


という句を残してホトトギスを去りました。
その号の巻頭が私で、しかも虚子先生の添削を戴いたものでありましたので今振返って感無量の思いが致します。「天馬」という句集の題名は、

炎天を駆ける天馬に鞍を置け        同
(えんてんをかけるてんばにくらをおけ)


から採られました。この句は阿蘇の大観峯で作られたものですが、この句が虚子選か否かが問われたことがありました。私は虚子選であることを確信していましたので直方の野見山ひふみさんの御自宅へ伺い、虚子先生の打たれた朱點をこの目で確かめて参りました。炎天を直進して来る悍馬のダイナミックな勇姿がクローズアップされた映画的手法の斬新な素晴らしい主観写生句です。
私は、朱鳥から貰った一枚の葉書を大切にしております。それは、昭和三十五年十二月三十一日付のもので椰子会第一作品集「實」への礼状ですが「大晦日も机についてゐます。」「雪の日、指凍えそう。」などの短い言葉から朱鳥の真摯な姿が目に浮かんで参ります。
朱鳥は、昭和四十五年二月二十六日、肝硬変で五十三才という短い人生を終えましたが、その三年前、誰からも患らわされず自宅療養する為に俳人協会会員、ホトトギス同人を同時に辞退しました。しかし、観照力は沈潜、充実、

けふの日の終る影曳き糸すすき       同
(きょうのひのおわるかげひきいとすすき)


という人生終焉の気息を見事に表現し、虚子の信に応えているところは流石です。
ホトトギス同人の物故者の名に、茅舎、草城、蛇笏、草田男、蓼汀、鶏二、爽波、誓子等があって、あれだけ活躍した朱鳥の名が無いのは何とも淋しい限りです。


中杉髏「
(「円虹」ホトトギスの魅力(二)より)


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2017年04月15日

私のホトトギス 〜一つの添削〜

「石炎」の中に

悴みてけふこの女醜さよ          髏「(たかよ)
(かじかみてきょうこのおんなみにくさよ)


という一句がある。
原句は、

末枯れてけふこの女醜さよ
(うらがれてきょうこのおんなみにくさよ)


であった。
上五の変化は、虚子先生の添削に依るものである。この句は、昭和三十二年のホトトギス三月号の巻頭句となった。
その経緯につていは、五十嵐播水著「一頁の俳話」の中に詳しい。この添削は、「大胆極まりない巨匠の一彫り」という播水評の通りであると思う。
この添削について、阿波野青畝先生は、「原句には原句の趣があり、添削句は別の趣となっている」という感想を私に洩らされたことがある。原句に流れる時間性と添削句の結晶性を云わんとされたものと思われる。
しかし、私は、この添削に依って季題の重さ≠実感すると共に、俳句の真髄を教えられた想いがしたのである。
私は、この実感を確かめたく、

悴みて己のことのほか知らぬ
(かじかみておのれのことのほかしらぬ)

悴みて人を憎める目ぞしたる
(かじかみてひとをにくめるめぞしたる)

去り行くか枯木に凭れゐし男
(さりゆくかかれきにもたれいしおとこ)


の三句を以て再び巻頭に挑戦し、望み通り、六月号の巻頭を与えられた。
一度ならず虚子の琴線に触れ得たことを倖とすると共に巨匠の一彫りに籠もる「気迫」を今後、ますます大切にしてゆきたい。



中杉髏「
(「椰子」四十号 昭和六十二年六月十日より)



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2017年04月01日

円虹『ホトトギスの魅力(一)』

一昨年の敬老の日に「円虹」のみなさんに「俳句遍歴」というお話をさせていただきました。
こんどは、一年間、自由に書かせて下さるという山田弘子先生のご好意に大変感謝いたしております。
さて、何を書こうかといろいろ考えまして結局「ホトトギスの魅力」についてお話するのが一番ふさわしいと思い、そうさせていただきました。もっとも、道草の好きな私のことですからお話があっちへ飛んだりこっちへ跳んだりするかも知れません。あらかじめお許し下さいますように。
私の変っている点は、ホトトギスの巣の中で大切に育てられながら一度飛去って自由に大空を駆け廻った末に再び元の森に帰ってきたという経歴です。ホトトギスの歴史を振返りますと殆どのみなさんは忠実かつ従順にホトトギスの俳句の理念をゆめ疑うことなく一心に句作をなさっていらっしゃいます。また、別の理想を求めてホトトギスを去った人達が戻ってきたという例は聞いたことがありません。
「去る者は追わず、来る者は拒まず。」
この言葉は、ホトトギスに戻ってきたときに本当に実感いたしました。ふるさとの有難さを身に入みて感じさせられたものです。私に続いて牧野春駒さんも戻られ、大変勇気づけられましたが、春駒さんは私がホトトギスへ戻ったことを大変喜ばれ、また、感謝して下さいました。
私の書架は俳句を始めた昭和二十六年、七年頃の「ホトトギス」からその後入手した昭和十四年頃のものも含めて最近のもの迄ぎっしり並んでおりますが、その中から特に一冊抜き出してご紹介いたします。
それは、昭和二十八年十二月号、表紙絵は加藤榮三画伯の二匹の河豚が描かれているものです。このとき、私は十八歳、神戸商科大学に入学した年の冬でした。その頃は鷹取の自宅から垂水へ通学していたのですが、いつものように須磨駅の前の小さな本屋さんに立寄り「ホトトギス」を手にしました。買う前にワクワクしながら雑詠欄を後の方から見てゆきました。「無い。また、没か。」失望感がひろがります。「あった!!」三十七頁の下段の三番目。

蝿虎もんどり打つて現れし         神商大 中杉髏「(なかすぎたかよ)
(はえとりぐももんどりうってあらわれし)

が入選しておりました。嬉しさで一杯になりました。
この号が私にとって特別というのは、その所為ではありません。それは次の俳句が私を惹きつけたからです。

廢墟春日首なきイエス胴なき使徒      野見山朱鳥(のみやまあすか)
(はいきょしゅんじつくびなきいえすどうなきしと)

祈る使徒石の指缺け蒲公英咲く        同
(いのるしといしのゆびかけたんぽぽさく)


長崎の浦上天主堂の廃墟の写生句ですが、若い私の心には強烈な刺激を与えるものでした。絵を描いていた私には迫眞の描写に感じられると共にこんな大胆な句が「ホトトギス」の上位欄に載せられていることに驚かされました。
中村草田男の「月ゆ声あり」や「金魚手向けん」の巻頭句同様の感動を受け「ホトトギス」が当時の現代俳句に遅れを取るものでないことを知りました。「よし!僕も。」と奮い立たせるものがありました。

(つづく)



中杉髏「
(「円虹」ホトトギスの魅力(一)より)


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