2017年08月15日

円虹『ホトトギスの魅力(九)』

「ホトトギス巻頭句集」には有名無名の人々の優れた作品が綺羅星のように煌めいております。そこでは、萬葉集のように素朴で雄渾な庶民の真情が飾らずに表出されております。例えば

わらうてはをられずなりぬ梅雨の漏り    森川暁水(もりかわぎょうすい)
わろうてはおられずなりぬつゆのもり

露の世のもめを淋しく坐りをり       清原枴童(きよはらかいどう)
つゆのよのもめをさびしくすわりおり


などの庶民生活の哀感や

南十字燃ゆ海征かば陸征かば        福西正幸(ふくにしまさゆき)
みなみじゅうじもゆうみゆかばりくゆかば

のような防人の愛国の心情、

生れたる蝉にみどりの橡世界        田畑美穂女(たばたみほじょ)
うまれたるせみにみどりのとちせかい

青年となりし裸の吾子まぶし        丸橋静子(まるはししずこ)
せいねんとなりしはだかのあこまぶし


という瑞々しい女性特有の抒情感覚、

吹雪ても吹雪ても北海道の子よ       吉田もりゑ(よしだもりえ)
ふぶきてもふぶきてもほっかいどうのこよ

病む窓を夏雲なつかしく通る        剣持久子(けんもちひさこ)
やむまどをなつぐもなつかしくとおる


の一人子へ遺す母の痛切な言葉や病む身を省みての諦観と感謝の念など。
最近では、阪神・淡路大震災の

布団より枕があはれ瓦礫の中        後藤比奈夫(ごとうひなお)
ふとんよりまくらがあわれがれきのなか


の悲痛な光景が心を打ちます。
別に巻頭に限らず二句欄や一句欄の中にも優秀な作品があり、それ等は十年後の「雑詠選集〔予選稿〕」に拾い上げられてゆきます。
ホトトギスの魅力は選者と投句家が一体となって懸命に虚子先生の訓えを守りつつ精進している姿に触れることであります。句の上手下手などは問題ではないのです。
俳句と正しく取組む初心の持続は結社誌にとって何よりも重要なことなのであります。
虚子先生は「俳句への道」の中で「俳諧九品仏」の項において『俳諧須菩提経(はいかいすぼたきょう)』を書かれておりますが、これは、俳句有縁の衆生の成仏というたとえで俳句指導の奥義を示されたものと云えるでしょう。
先生の主張される「花鳥諷詠」と「客観写生」のうち、「客観写生」を徹底して「純粋客観写生」まで俳句を高めた人に高野素十があります。それは無技巧の技巧≠ニ称される素晴らしい写生で先述の四誌連合の主宰者達もみな心酔しておりました。

風吹いて蝶々迅く飛びにけり        高野素十(たかのすじゅう)
かぜふいてちょうちょうはやくとびにけり

桔梗の花の中よりくもの糸
(きちこうのはなのなかよりくものいと)

芦刈の天を仰いで梳る
(あしかりのてんをあおいでくしけずる)

玉解いて即ち高き芭蕉かな
(たまといてすなわちたかきばしょうかな)

苗代に落ち一塊の畦の土
(なわしろにおちいっかいのあぜのつち)


客観写生に徹することによって大宇宙の生命に触れる∞人間の意思を小主観とすれば、大宇宙の意思は大主観というべきである≠ニいう虚子先生の俳句思想を作品化し実証して見せたのが高野素十でありました。
初心者と見紛う程の平明な表現の中に写生の極北が示されているのです。禅の「十牛之図」を見る思いがします。「善差別」とか「一にして全」とか「色即是空」とかの眞言蜜教の「十住心」なども連想されて参ります。
(つづく)


中杉髏「
(「円虹」ホトトギスの魅力(九)より)


162479.jpg



俳句・短歌 ブログランキングへ
posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 私のホトトギス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月01日

円虹『ホトトギスの魅力(八)』

「青」の三百号記念号に京極杞陽氏は「波多野爽波小感」という一文を寄せられておりますが、その冒頭の言葉は、「爽波君は虚子先生の『深は新なり』という信念を否定した人である。」というものであります。また「爽波君は『深』と『新』の問題からは遠ざかってしまった。爽波君の作品の中に深みを探ってみても無意味のようだし、新を探ってみても無意味のようなことになってしまった。」とも書かれております。
杞陽氏は爽波さんにとっては学習院の「木犀会」の先輩であるというだけではなく爽波さんに俳句の手ほどきをした生みの親≠ノもたとえられる人であります。それは、「波多野爽波全集第三巻」に収められている爽波さんの「遥けき人ら」の中にも詳しく述べられておりますが、そこで「杞陽さんとの話を通じて私が得た一番貴重なものは、虚子先生への正しい理解と高野素十の句の魅力についてであった。」と爽波さん自身の述懐があるように爽波さんの中では重い存在であったように思われます。
事実、爽波第一句集の解説は杞陽氏の筆で爽波の句に触れ「近代的なアンニュイ」という評言を与えて、「序」を書かれた虚子先生と共にその前途を祝福されたのでありました。杞陽氏は爽波さんをいたく愛されていただけに苦言とも嘆きとも怒りともとれる一文によって前衛作家との交流を深めつつあった爽波さんに対して警鐘を打ち鳴らされたのだと思います。
当時、爽波さんの側近という立場にあった私は、この杞陽発言に対して爽波さんに感想を求めたことがあります。爽波さんは、頭を振りながら、淡々と、
「違うのです。違うのです。」とだけ云われました。そしてそれ以上の弁解はありませんでした。
ホトトギスの最大の魅力は虚子先生の目指される「花鳥諷詠」と「客観写生」という俳句の理念が明瞭であるということであります。そして虚子先生の訓えの中で最も大切なものが、この「深は新なり」という言葉であるように私には思われます。いかに新しい素材も、いかに新しい思想も世が移り人が変われば時間と共に風化し、みな過去へと消え去って行くものであります。しかし、大自然という存在≠ヘ四季の移ろいを示しつつもその本質は不変であります。
花鳥諷詠詩である俳句は単に「花」や「鳥」を皮相的に把えるのではなくその不易というべき存在≠ノ触れこれを表現しようとするものであります。「自然=存在=vは人間と対蹠されるものではありません。何故なら、「人間もまた存在=vであるからです。しかし、事物を事物として正確に表現してもそれは詩ではありません。客観写生を方法≠ニ理解することのような誤りを犯しがちであります。客観写生は「深は新なり」に徹する生き方即ち態度≠ネのであります。そして何よりも「感動し、表現し、賞美する」ところに詩があり、それを享受できるものは人間の心だけであります。「存問」とは「挨拶」のみの謂ではないように思われます。
(つづく)


中杉髏「
(「円虹」ホトトギスの魅力(八)より)


162479.jpg



俳句・短歌 ブログランキングへ
posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 私のホトトギス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月15日

円虹『ホトトギスの魅力(七)』

四誌の主宰者である「年輪」の橋本鶏二にしろ、「菜殻火」の野見山朱鳥にしろ、「山火」の福田蓼汀にしろ、「青」の波多野爽波にしても、みな、虚子先生の信頼厚く期待を掛けられた人々であり、「ホトトギス」の中堅作家として三句欄を賑わしていた訳でありますから突如「四誌連合」なるものが出現し「ホトトギス」を離脱したということは一寸理解し難いことであったかも知れません。
しかし、伏線として考えられることは、野見山朱鳥の句に対し句集「天馬」の序に見られる虚子先生の警告や波多野爽波を賞掲しつつも句集「舗道の花」の

金魚玉とり落しなば舗道の花        波多野爽波(はたのそうは)
きんぎょだまとりおとしなばほどうのはな


が限界視されていたこと等から先生の俳句の世界から多少逸脱してゆく懸念とホトトギスの人々との間の違和感があったのではないかと思われます。
一方、「ホトトギス」の側にも、家庭団欒的な「末子俳句」や若者感覚的な「アロハ俳句」が主流となって俳句と真面目に取組もうとする四誌の若者達との間に意識の食い違いが生じたことも事実であったと思われます。今から思いますとそれも花鳥諷詠の一面であり別段目に角を立てる程のことでも無かったと思うのですが、勢いというのは怖ろしいもので一旦生じた反発は仲々元に戻すということは難しいものがあります。
「四誌連合」が目指した目標は、或意味では虚子先生が重視されていたことと同様の新人の顕賞≠ニいうことでありました。しかし、老境に入って幼児のような天真爛漫の世界を楽しむ一方、花鳥諷詠、客観写生に対抗する勢力には断固たる態度で闘志を燃やされる先生の幅広い視野というものに気付くことは難しかったのかも知れません。
とは云え、「四誌連合」からは、宇佐見魚目、馬場駿吉、友岡子郷をはじめ、大峯あきら、山本洋子、岡田日郎というような現在活躍している人々が排出され、その流れの中から田中裕明、岸本尚毅、中岡毅雄などの俊英が現れたことは広い意味で伝統俳句にとって大変有意義な仕事を成し遂げたものと云えましょう。
俳句は「座の文学」と云われますようにともすれば属する小グループを中心に「サロン」化しがちであります。虚子先生のような偉大な指導者は別として世の中に「先生」と称される人達は溢れており、それぞれが価値の相対性を主張し合って譲らなくなれば、結局、「月並化」「低俗化」に向かって行くほかはないと思います。
丁度、終戦から十年余りの昭和二、三十年代の俳壇は、「ホトトギス」対「アンチ・ホトトギス」との戦いであったように思われます。「ホトトギス」自体は超然としているつもりであっても時代の趨勢は「結社」から「協会」へ「結社誌」から「総合誌」へと移ってゆきました。現在、「日本伝統俳句協会」、「俳人協会」、「現代俳句協会」と三協会鼎立の状態となっておりますが、「四誌連合」は一面、「前衛」と「伝統」の橋渡しを行ないながら、「伝統」を擁護するという意味では、「日本伝統俳句協会」のさきがけ的な存在であったと云えるのかも知れません。
(つづく)


中杉髏「
(「円虹」ホトトギスの魅力(七)より)


162479.jpg



俳句・短歌 ブログランキングへ
posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 私のホトトギス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする