2017年05月15日

円虹『ホトトギスの魅力(三)』

昭和三十二年という年は私にとって人生で最もしあわせな忘れ難い一年でありました。神戸商科大学を卒業し大日本紡績株式会社に入社出来た事。挫折しかけた恋愛が実を結んで婚約が成立した事。在学中にホトトギス巻頭という金的を射止めた事等であります。
二月の綿業俳句会の帰路、関圭草東洋紡社長の車の中で年尾先生から三月号の巻頭を知らされた時は本当に耳を疑いました。しかも、虚子先生の添削と聞いて天にも昇る気持が致しました。同乗されていた五十嵐播水先生は『句作雑話』に「添削のあと」と題して一文を草されました。

悴みてけふこの女醜さよ          中杉髏「(なかすぎたかよ)
(かじかみてきょうこのおんなみにくさよ)


原句は上五が「末枯れて」でした。私は、この「悴む」という季題で再度、巻頭に挑戦し六月号で

悴みて己のことのほか知らぬ        同
(かじかみておのれのことのほかしらぬ)


以下で夢を実現いたしました。八月の山中湖畔の稽古会で虚子選に入った

かのときのかの岩いかに土用波       同
(かのときのかのいわいかにどようなみ)

が十二月号の副巻頭。日紡豊橋工場で作業服姿を詠った、

婚約や芝にまろべば露まみれ        同
(こんやくやしばにまろべばつゆまみれ)


が翌三十三年三月号の副巻頭になりました。
ホトトギスの毎号末尾に虚子先生の「消息」という小文が載せられております。昭和三十二年一月号は第六十巻第一号で「ホトトギス還暦」という特集が組まれておりますが、この号の「消息」では選者の心得として「古い投句家を尊重することは忘れてはなりませんが、それと同時に新しい作家を見出して行くことは雑詠欄に活気を喚び起す第一だといふ事を忘れてはなりません。」と書かれています。また八月号には「この頃誌面になんとなく活気が萌しつゝあるように思います。別に表面に現れて斯く斯くの點がそうであると云うのではありませんが、只私の心にそんな感じがするのであります。私は心秘かに祝福して居ります。」と記され、さらに十月号では特に一頁を割いて「ホトトギスは稍々活気を呈しつゝあることを、この前消息に書いておきましたが、同感の意を表して来られた人々がありました。大岡龍男君を始めとして。」という書出しで八月の稽古会の雰囲気を佳しとされ、好ましい句会のあり方について言及されております。
「ホトトギス」は日本一古い雑誌で百年を越え千二百五十号に達しました。巨木とも巨人とも例えられましょう。その長寿の秘訣はこの絶えざる「新人の発見」という掘り起こし、創造、新陳代謝にあるものと思われます。四Sを始め、虚子先生の膝下から輩出された俳人は誠に雲の如き観があります。多種多様の個性の花園は、他に類例を見ません。その教えが年尾・汀子先生に受継がれ、日本伝統俳句協会の創設、日本のホトトギスから世界のホトトギスへの飛躍発展となってI・T時代の二十一世紀には一層の加速が見られることでありましょう。
「不易流行」、「古壺新酒」を念頭に一作、一作に精魂を傾けたいものです。


中杉髏「
(「円虹」ホトトギスの魅力(三)より)


162479.jpg



俳句・短歌 ブログランキングへ
posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 私のホトトギス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月01日

円虹『ホトトギスの魅力(二)』

火を投げし如くに雲や朴の花        野見山朱鳥(のみやまあすか)
(ひをなげしごとくにくもやほおのはな)

なほ続く病床流転天の川          同
(なおつづくびょうしょうるてんあまのがわ)


野見山朱鳥のホトトギス初巻頭は昭和二十一年十二月号です。丁度、六百号にあたり各地で記念大会が催された年のことです。虚子先生七十二才。朱鳥二十九才。先生は、「小諸百句」を刊行され、最も充実され高潮されていた頃です。朱鳥も亦ホトトギスの鬼才として瞠目されました。
虚子選が年尾選に変ったのは昭和二十六年三月号、通算六百五十一号からですが、その時の巻頭も亦朱鳥で、

われ蜂となり向日葵の中にゐる       同
(われはちとなりひまわりのなかにいる)

爪に火を灯すばかりに梅雨貧し       同
(つめにひをともすばかりにつゆまずし)


でありました。朱鳥は都合三度ホトトギス巻頭を得ておりますが、三度目は昭和二十八年七月号、通算六百七十九号。

生れ来る子よ汝がために朴を植う      同
(うまれくるこよながためにほおをうう)

雪を来し足跡のある産屋かな        同
(ゆきをきしあしあとのあるうぶやかな)


という完璧な客観写生句です。
朱鳥の第一句集は「曼珠沙華」で、真紅の扉に虚子先生の題簽があり、その序文は「曩に茅舎を失ひ今は朱鳥を得た。」という短いもの。川端茅舎の句集「華厳」の序文の、「花鳥諷詠真骨頂漢」と一対をなすものであり、茅舎に私淑していた若い朱鳥を感激させたことと思います。
ところが、第二句集の「天馬」では、同じく虚子先生の題簽を戴きながら、序文の中味は一転して「私は此頃少し多忙の為にゆっくり選をする暇がない。」「異常ならんとする傾向は愈々激しくなって来て、私から見ると具體化が不充分であるやうな感じがする。」「歌とは違って、俳句は何處迄も客観描寫を主として具體化が十分であらねばならぬものと思ふ。」という千仭の谷へ突き落とすような激しい叱正の言葉となっております。先生からこんな序文を貰った人は後にも先にも朱鳥唯一人しかありません。しかし、朱鳥は神妙に師の鞭を受け止め、その後、十字架を背負った基督に自らを擬し「花鳥諷詠」の中から「生命諷詠」という道を選び取り、生涯を賭けて師の信に応えようと致しました。朱鳥は、昭和三十二年三月号、通算七百二十三号の一句欄に

くぐりたる妻と茅の輪の前のわれ      同
(くぐりたるつまとちのわのまえのわれ)


という句を残してホトトギスを去りました。
その号の巻頭が私で、しかも虚子先生の添削を戴いたものでありましたので今振返って感無量の思いが致します。「天馬」という句集の題名は、

炎天を駆ける天馬に鞍を置け        同
(えんてんをかけるてんばにくらをおけ)


から採られました。この句は阿蘇の大観峯で作られたものですが、この句が虚子選か否かが問われたことがありました。私は虚子選であることを確信していましたので直方の野見山ひふみさんの御自宅へ伺い、虚子先生の打たれた朱點をこの目で確かめて参りました。炎天を直進して来る悍馬のダイナミックな勇姿がクローズアップされた映画的手法の斬新な素晴らしい主観写生句です。
私は、朱鳥から貰った一枚の葉書を大切にしております。それは、昭和三十五年十二月三十一日付のもので椰子会第一作品集「實」への礼状ですが「大晦日も机についてゐます。」「雪の日、指凍えそう。」などの短い言葉から朱鳥の真摯な姿が目に浮かんで参ります。
朱鳥は、昭和四十五年二月二十六日、肝硬変で五十三才という短い人生を終えましたが、その三年前、誰からも患らわされず自宅療養する為に俳人協会会員、ホトトギス同人を同時に辞退しました。しかし、観照力は沈潜、充実、

けふの日の終る影曳き糸すすき       同
(きょうのひのおわるかげひきいとすすき)


という人生終焉の気息を見事に表現し、虚子の信に応えているところは流石です。
ホトトギス同人の物故者の名に、茅舎、草城、蛇笏、草田男、蓼汀、鶏二、爽波、誓子等があって、あれだけ活躍した朱鳥の名が無いのは何とも淋しい限りです。


中杉髏「
(「円虹」ホトトギスの魅力(二)より)


162479.jpg



俳句・短歌 ブログランキングへ
posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 私のホトトギス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

私のホトトギス 〜一つの添削〜

「石炎」の中に

悴みてけふこの女醜さよ          髏「(たかよ)
(かじかみてきょうこのおんなみにくさよ)


という一句がある。
原句は、

末枯れてけふこの女醜さよ
(うらがれてきょうこのおんなみにくさよ)


であった。
上五の変化は、虚子先生の添削に依るものである。この句は、昭和三十二年のホトトギス三月号の巻頭句となった。
その経緯につていは、五十嵐播水著「一頁の俳話」の中に詳しい。この添削は、「大胆極まりない巨匠の一彫り」という播水評の通りであると思う。
この添削について、阿波野青畝先生は、「原句には原句の趣があり、添削句は別の趣となっている」という感想を私に洩らされたことがある。原句に流れる時間性と添削句の結晶性を云わんとされたものと思われる。
しかし、私は、この添削に依って季題の重さ≠実感すると共に、俳句の真髄を教えられた想いがしたのである。
私は、この実感を確かめたく、

悴みて己のことのほか知らぬ
(かじかみておのれのことのほかしらぬ)

悴みて人を憎める目ぞしたる
(かじかみてひとをにくめるめぞしたる)

去り行くか枯木に凭れゐし男
(さりゆくかかれきにもたれいしおとこ)


の三句を以て再び巻頭に挑戦し、望み通り、六月号の巻頭を与えられた。
一度ならず虚子の琴線に触れ得たことを倖とすると共に巨匠の一彫りに籠もる「気迫」を今後、ますます大切にしてゆきたい。



中杉髏「
(「椰子」四十号 昭和六十二年六月十日より)



4663587[1].jpg



俳句・短歌 ブログランキングへ
posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 私のホトトギス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする