2017年04月15日

私のホトトギス 〜一つの添削〜

「石炎」の中に

悴みてけふこの女醜さよ          髏「(たかよ)
(かじかみてきょうこのおんなみにくさよ)


という一句がある。
原句は、

末枯れてけふこの女醜さよ
(うらがれてきょうこのおんなみにくさよ)


であった。
上五の変化は、虚子先生の添削に依るものである。この句は、昭和三十二年のホトトギス三月号の巻頭句となった。
その経緯につていは、五十嵐播水著「一頁の俳話」の中に詳しい。この添削は、「大胆極まりない巨匠の一彫り」という播水評の通りであると思う。
この添削について、阿波野青畝先生は、「原句には原句の趣があり、添削句は別の趣となっている」という感想を私に洩らされたことがある。原句に流れる時間性と添削句の結晶性を云わんとされたものと思われる。
しかし、私は、この添削に依って季題の重さ≠実感すると共に、俳句の真髄を教えられた想いがしたのである。
私は、この実感を確かめたく、

悴みて己のことのほか知らぬ
(かじかみておのれのことのほかしらぬ)

悴みて人を憎める目ぞしたる
(かじかみてひとをにくめるめぞしたる)

去り行くか枯木に凭れゐし男
(さりゆくかかれきにもたれいしおとこ)


の三句を以て再び巻頭に挑戦し、望み通り、六月号の巻頭を与えられた。
一度ならず虚子の琴線に触れ得たことを倖とすると共に巨匠の一彫りに籠もる「気迫」を今後、ますます大切にしてゆきたい。



中杉髏「
(「椰子」四十号 昭和六十二年六月十日より)



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2017年04月01日

円虹『ホトトギスの魅力(一)』

一昨年の敬老の日に「円虹」のみなさんに「俳句遍歴」というお話をさせていただきました。
こんどは、一年間、自由に書かせて下さるという山田弘子先生のご好意に大変感謝いたしております。
さて、何を書こうかといろいろ考えまして結局「ホトトギスの魅力」についてお話するのが一番ふさわしいと思い、そうさせていただきました。もっとも、道草の好きな私のことですからお話があっちへ飛んだりこっちへ跳んだりするかも知れません。あらかじめお許し下さいますように。
私の変っている点は、ホトトギスの巣の中で大切に育てられながら一度飛去って自由に大空を駆け廻った末に再び元の森に帰ってきたという経歴です。ホトトギスの歴史を振返りますと殆どのみなさんは忠実かつ従順にホトトギスの俳句の理念をゆめ疑うことなく一心に句作をなさっていらっしゃいます。また、別の理想を求めてホトトギスを去った人達が戻ってきたという例は聞いたことがありません。
「去る者は追わず、来る者は拒まず。」
この言葉は、ホトトギスに戻ってきたときに本当に実感いたしました。ふるさとの有難さを身に入みて感じさせられたものです。私に続いて牧野春駒さんも戻られ、大変勇気づけられましたが、春駒さんは私がホトトギスへ戻ったことを大変喜ばれ、また、感謝して下さいました。
私の書架は俳句を始めた昭和二十六年、七年頃の「ホトトギス」からその後入手した昭和十四年頃のものも含めて最近のもの迄ぎっしり並んでおりますが、その中から特に一冊抜き出してご紹介いたします。
それは、昭和二十八年十二月号、表紙絵は加藤榮三画伯の二匹の河豚が描かれているものです。このとき、私は十八歳、神戸商科大学に入学した年の冬でした。その頃は鷹取の自宅から垂水へ通学していたのですが、いつものように須磨駅の前の小さな本屋さんに立寄り「ホトトギス」を手にしました。買う前にワクワクしながら雑詠欄を後の方から見てゆきました。「無い。また、没か。」失望感がひろがります。「あった!!」三十七頁の下段の三番目。

蝿虎もんどり打つて現れし         神商大 中杉髏「(なかすぎたかよ)
(はえとりぐももんどりうってあらわれし)

が入選しておりました。嬉しさで一杯になりました。
この号が私にとって特別というのは、その所為ではありません。それは次の俳句が私を惹きつけたからです。

廢墟春日首なきイエス胴なき使徒      野見山朱鳥(のみやまあすか)
(はいきょしゅんじつくびなきいえすどうなきしと)

祈る使徒石の指缺け蒲公英咲く        同
(いのるしといしのゆびかけたんぽぽさく)


長崎の浦上天主堂の廃墟の写生句ですが、若い私の心には強烈な刺激を与えるものでした。絵を描いていた私には迫眞の描写に感じられると共にこんな大胆な句が「ホトトギス」の上位欄に載せられていることに驚かされました。
中村草田男の「月ゆ声あり」や「金魚手向けん」の巻頭句同様の感動を受け「ホトトギス」が当時の現代俳句に遅れを取るものでないことを知りました。「よし!僕も。」と奮い立たせるものがありました。

(つづく)



中杉髏「
(「円虹」ホトトギスの魅力(一)より)


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2017年03月15日

私のホトトギス 〜天馬の解〜

炎天を駆ける天馬に鞍を置け        朱鳥(あすか)
(えんてんをかけるてんばにくらをおけ)


野見山朱鳥の代表句。
亀岡の青鍛練会の夜のこと。魚目、あきら両氏と上記の句をめぐって論争となった。両氏の共通点は、天馬を遠景に把え作者の願望の象徴と見るもので朱鳥第一等の作品とは云い難い。それよりも、

火を投げし如くに雲や朴の花 
(ひをなげしごとくにくもやほおのはな)


の方が遙かに鮮烈であり、「火を投げし如くに」という雲の形容こそ凄まじいリアリティを持つと云うものであった。
私の「天馬」解は、両氏とは根本的に異っている。すなわち
「鬣を立て翼を羽博ち鼻息を荒らげた天駆ける悍馬のダイナミックな姿が画面に大写しになり、奔然と真向に迫り来る躍動感」を私は全身で享受する。「その炎天は、まさに炎の激しく燃え立つ天」であって、「この悍馬にとり縋り、打ち跨らんとする必死の人間の姿」を想像する。勿論、馬も人も汗し、争い合いつつ空中を疾駆しているのである。それは、理想を追い求め、努力する者の姿でもある。
「炎天」という強い響きを持った詠い出し、「鞍を置け」という激しい命令形から、内燃する情熱の火の形象を感じ取らねば、句の価値は半減してしまうであろう。それは、少くとも「願望の象徴」というような甘い句ではない筈である。この句をこう解するが故に、私には、凛々たる挑戦の勇気が湧き起る。ここに朱鳥の「ロマンの血」と「火のような詩魂」が全開結晶されていると見るべきである。
朱鳥の句の中で、ここまで赤裸々に主観をぶっつけた例を他に知らない。
私が、この句を朱鳥第一等の作品とする理由は以上の通りであって、今も、私の「天馬の解」は決して間違っていないと信じている。


中杉髏「
(「椰子」二十六号 昭和五十五年四月一日より)



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