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今回の「妻がテーマの俳句」でも、やはり草田男を取り上げざるを得ません。
まずはその実例を十句ほど揚げてみましょう。
妻二ﾀ夜あらず二ﾀ夜の天の川 草田男
（つまふたよあらずふたよのあまのがわ）
吾妻かの三日月ほどの吾子胎すか
（あづまかのみかづきほどのあこやどすか）
妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る
（つまだかなしゅんちゅうのじゃりふみてかえる）
炎天の空へ吾妻の女體恋ふ
（えんてんのそらへあづまのにょたいこう）
妻恋し炎天の岩石もて撃ち
（つまこいしえんてんのいわいしもてうち）
妻のみ恋し紅き蟹などを歎かめや
（つまのみこいしあかきかになどをなげかめや）
足はつめたき畳に立ちて妻泣けり
（あしはつめたきたたみにたちてつまなけり）
虹に謝す妻よりほかに女知らず
（にじにしゃすつまよりほかにおんなしらず）
妻子住む春の里辺や楸生ふる
（さいしすむはるのさとべやひさぎおうる）
空は太初の青さ妻より林檎うく
（そらはたいしょのあおさつまよりりんごうく）
いかがでしょうか。これほどまでに奔放な愛情表現は他の文芸でもちょっと例が無いかも知れません。しかし、十回に及ぶ見合いの末に得た最愛の女性を渾身の想いで愛し止まない草田男の姿勢は真の夫婦の純愛というものを感じさせずにはおきません。直子夫人はクリスチャンですから神によって結ばれた夫として草田男に尽くされたに違いありませんが、草田男にとってその出会いは正しく「アダムとイブ」のそれであったと思われます。それをもっとも良く表しているのが最後の「空は太初の青さ」という一句であります。
草田男よりも以前に「ホトトギス」に近代感覚の俳句で登場した人に日野草城（ひのそうじょう）という作家がおります。その早熟の才は「ミヤコ・ホテル」と題する連作を発表し物議をかもすことになるのです。それは
けふよりの妻と来て泊つる宵の春 草城
（けふよりのめときてはつるよいのはる）
夜半の春なほ処女なる妻と居りぬ
（よわのはるなおおとめなるめとおりぬ）
枕辺の春の灯は妻が消しぬ
（まくらべのはるのともしはめがけしぬ）
という新婚初夜の概念的な想像句であって実際の体験に基づくものではありませんでした。草田男は神聖な結婚を冒涜するものであるとしてこれを激しく論難致しました。虚子の逆鱗に触れた彼は「ホトトギス」同人を除名され、無季俳句を主導し俳壇の新傾向の旗手となるのですが、戦後、病臥を続ける中で句境は一変し極めて静謐（せいひつ）な作風に変って行きました。
切干やいのちのかぎり妻の恩 草城
（きりぼしやいのちのかぎりつまのおん）
右眼には見えざる妻を左眼にて
（うがんにはみえざるつまをさがんにて）
という妻を思い遣る佳吟を残しているのであります。
石田波郷は昭和十七年に結婚後、戦中に胸を病み、戦後復員して療養生活を続けるのですが、彼も多くの妻を詠んだ作品を残しております。
露草の瑠璃十薬の白繁り合へ 波郷
（つゆくさのるりじゅうやくのしろしげりあえ）
芋好きのわれに芋好きの妻子あり
（いもずきのわれにいもずきのさいしあり）
細雪妻に言葉を待たれをり
（ささめゆきつまにことばをまたれおり）
妻が来し日の夜はかなしほととぎす
（つまがきしひのよはかなしほととぎす）
息白き妻が見てをり剃毛す
（いきしろきつまがみておりていもうす）
妻来たり外套の胸を開きつつ
（つまきたりがいとうのむねをひらきつつ）
というように殆ど病院に見舞いに来る妻が対象にされており、より生活実感の高い作品であります。草田男のような哲学的な愛の世界ではありませんが、病臥が日常となった作者と夫人とのしみじみと通い合う夫婦愛が滲み出ているように思います。
ロマンチストの野見山朱鳥の句では
天高く地に菊咲けり結婚す 朱鳥
（てんたかくちにきくさけりけっこんす）
白妙の初夜の襖を閉めにけり
（しろたえのしょやのふすまをしめにけり）
蒲団開け貝の如くに妻を入れ
（ふとんあけかいのごとくにつまをいれ）
胎児蹴る腹梨瘤の如くなり
（たいじけるはらなしこぶのごとくなり）
身二つとなりたる汗の美しき
（みふたつとなりたるあせのうつくしき）
堕胎する妻に金魚は逆立てり
（だたいするつまにきんぎょはさかだてり）
春浅く病癒えずば妻子飢う
（はるあさくやまいいえずばさいしうう）
などで妻を画材のような対象として熱情をもって客観的に描いております。朱鳥には草田男に近い妻への愛が表現されております。
最後に私の句では
赤靴のうれしき妻よ霜柱 隆世
（あかぐつのうれしきつまよしもばしら）
穭穂やわれに明るき妻子あり
（ひつじほやわれにあかるきさいしあり）
などが思い出深いものです。
平成二十三年七月二十二日
中杉隆世
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