2015年02月01日

光芒七句 〜花の日〜

花の日も西に廻りしかと思ふ          あきら
(はなのひもにしにまわりしかとおもう)


今年(平成二十三年)も花の日が近づいて来た。しかし、それは心底から喜ぶことの出来ないものとなった。今年は私にとっては慶び事の重なる佳き日となる筈であった。年初、「晨(しん)」代表同人の大峯(おおみね)あきら氏が第八句集の『群生海』で第五十二回毎日芸術賞を受賞される朗報があった。桃の節句を過ぎてまもなく同氏に第二十六回詩歌文学館賞(しいかぶんがくかんしょう)授与の発表があった。「ホトトギス」や「青」や「四誌連合」の句友であり「晨」同人の一人である私にとっては嬉しい出来事であった。勿論、「晨」にとっても喜ぶべき快事(かいじ)であった。
そのとき、私は和泉の槇尾山(まきおさん)の嶮しい山中にあった。空海得度(くうかいとくど)の寺であるこの山は一度は登ってみたいところであった。東北・関東大震災の発生を知ったのはその帰りのバスの中である。その後、日を追って目にする過酷な映像は十六年前に体験した阪神・淡路大震災を大きく上回り、それに大津波と原発の放射能洩れとが加わった悲惨なものであった。それは地獄図以外の何物でも無かった。
曽(か)って虚子(きょし)は俳句を「極楽の文学」と云った。また「地獄極楽は相対的なものである。地獄がなければ極楽はない、極楽がなければ地獄はない。」とも云った。果たして俳句は虚子の云うように被災した人々の心を癒すことが出来るのであろうか。何れにせよ「花の日」はこのような災厄(さいやく)とは関わりなくやってくる。
冒頭に掲げた「花の日」の句はあきら氏の『群生海(ぐんじょうかい)』の作品三百五十六句の中から精選された自選十五句の筆頭に据えられた句である。花の吉野に常住されるあきら氏にとって花の景色は見慣れたものであり「花の日」は常に脳裏にあるものに違いあるまい。だから「花の日が西に廻る」という微妙な気配も容易に察知し得ることと思われる。この独りつぶやくような言葉がそのままに詩となるには日常生活そのものが詩的に醸成(じょうせい)されていなければならないであろう。
『群生海』の「あとがき」にある「『群生海』という題名は、浄土仏教の聖典(せいてん)から拾った言葉で、生きとし生けるものという意味です。言葉を探し求めて迷い、ふと言葉を得てはよろこぶ私もまた、群生海の一員であります。」という言葉や毎日芸術賞を受賞されたときの挨拶の中にある「その私がなにか自分をわすれたときに宇宙と出会う、そういう実感が最近はありまして、悪戦苦闘の真ん中に、ふと自分を忘れたその瞬間のなんともいえない醍醐味を味わいたい」という思念(しねん)を実作(じっさく)の上で証明して見せたのがこの句であると云えよう。
元々あきら氏の魅力は断定する物言いにあった。それが「かと思ふ」という曖昧模糊(あいまいもこ)とした表現で反って世界を的確に把握されているのはその後の深い認識と円熟した写生の技法によるものと思われる。「も」とか「か」という助詞の働き、鑑賞者の力量に応じて深まる「花」や「日」や「西」という言葉の意味などこの句は名句としての条件を十二分に備えている。

迷ひたる如くに花の中にをり           あきら
(まよいたるごとくにはなのなかにおり)


同じく「花」を素材にした作品である。これも花の曼荼羅(まんだら)の中にあって時には瞑想し、ときには逍遥(しょうよう)する姿を「迷ひたる如くに」と表現したものである。また時には「内を」、時には「外から」見るように変位する視点が解脱(げだつ)に近い心象風景(しんしょうふうけい)を思わせる。
あきら俳句の深化の過程を見るために私は平成二十二年「晨」一月号の「光芒七句(こうぼうななく)」に「星空に浮く」と題して引用した句を振り返ってみることとする。

虫の夜の星空に浮く地球かな          あきら
(むしのよのほしぞらにうくちきゅうかな)


ここで注目したいのはさきほど述べた視点の変位ということである。最初は虫の音のすだく地上から天空を見上げているのであるが、やがてその視点は星空の中に移り宇宙と一体化した目から地球や自分を客観視することとなる。そしてそれがいろいろな方向から「存在」というものを浮かび上がらせる。あきら氏は「貴兄の一文がはじめて小生の<超越>の次元にまで入って鑑賞されていることがわかりわが意を得た思いです。<地上は暗く天上だけが明るい>の一行にやっと共鳴者ができました。」と書き送って下さった。あの時また

日輪の燃ゆる音ある蕨かな           あきら
(にちりんのもゆるおとあるわらびかな)


についても「この句の要は<音ある>にある。人間の目に見えず耳に聞こえないものが実は存在する。それを蕨たちは知っているのだ。」と書いたが、氏は「<それを蕨たちは知っているのだ>というコメントはまだ誰からも聞けませんでした。」と喜ばれた。そして

今朝引きし鶴にまじりて行きたるか       あきら
(けさひきしつるにまじりてゆきたるか)


という池田晶子(いけだあきこ)を悼(いた)んだ句については「池田晶子は私が知っているかぎり唯一といってよい正真正銘の詩人哲学者だったと思います。」と述べられた。「晨」創刊二十五周年記念大会の講演「季節とことば」であきら氏が引用された池田晶子の言葉「なぜなら、人生は、過ぎ去って還らないけれども、春は、繰返し巡り来る。一回的な人生と、永遠に巡る季節が交差するそこに、桜が満開の花を咲かせる。人が桜を見たいのは、そこに魂の氷遠性、永遠の循環性を見るからだ。それは魂が故郷へ帰ることを希(こいねが)うような、たぶんそういう憧れに近いのだ。」は冒頭の「花の日」の句の持つ背景と雰囲気を存分に言い尽くしていて余りが無い。
『群生海』の帯には白い文字で浮かび上がらされた

まだ若きこの惑星に南瓜咲く          あきら
(まだわかきこのわくせいにかぼちゃさく)


という句がある。これは大宇宙に輪廻転生(りんねてんしょう)する生命の神秘というものをつよく感じさせるものである。それは恒星を巡る惑星と星型の黄色い花を咲かせた蔓性の南瓜が醸し出すハーモニーそのものであろう。この句と同様「まだ若き」という言葉を使った俳句を私は記憶している。それは第二回四誌連合会賞作家の馬場駿吉(ばばしゅんきち)の句

まだ若き地球のいのち嬰粟赤し         駿吉
(まだわかきちきゅうのいのちけしあかし)


である。こちらは燃え盛る地球内部のマグマを連想させる。「まだ若き」地球に夢を託す哲学者と医学生の老若(ろうにゃく)の感性の差が感じ取れる。
何れにせよ大峯あきら氏が代表される此の「晨」が創造的な熱気ある集団として将来の俳壇をリードする存在となるであろうことをつよく望む。


中杉隆世

(「晨」平成二十三年五月号より)




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2013年06月13日

蜘蛛に生れ

蜘蛛(くも)に生(うま)れ網(あみ)をかけねばならぬかな     虚子

虚子先生の代表句の一つであるこの句が出来る瞬間を私は見た。
それは、昭和三十一年七月十七日千葉の鹿野山(かのうざん)神野寺(じんやじ)で行われた二泊三日の稽古会の最終句会が始まる直前のことであった。
私は裏縁(うらえん)にある手水鉢(ちょうずばち)の前に正座して軒端(のきば)に網をかけようとしている蜘蛛を一心に見上げていた。
ふと人の気配がした。何気なく後ろを振り返ると虚子先生が立っておられた。
手水(ちょうず)を使われたあと私と蜘蛛に気付かれたのであろうか。
その蜘蛛は相変わらずせっせと網を張り続けていた。しばらくして先生は無言のままその場を離れられた。
周りが静かになったので慌てて句会場へ行くと皆席に着かれていて私の座る所はどこにも無かった。
唯一虚子先生の右側の席のみが空いていた。恐る恐るそこに座った。
大虚子の横で私は上気したまま緊張していた。
突然、
「何年生まれですか。」
と先生が声を掛けて来られた。
「昭和十年です。」
と赤くなって答えた。
先生は黙っておられた。
やがて句会が始まった。先生の選をされる様子は雰囲気で判った。
先生の蜘蛛の句も廻されて来る句稿(くこう)の中にあった。私は感動した。
先生の蜘蛛の句は語り掛けるように、私を含めた若者一般に、いや、人間を含むもろもろの生命全般に向けられた花鳥諷詠(かちょうふうえい)というメッセージのように思われた。
うぶで世間知らずながら俳句をひたむきに学ぼうとする二十一歳の学生は人生のすべてを知り尽くし花鳥諷詠の世界を極め尽くされた八十二歳の老先生の目にどのように映っていたのであろうか。
その二日後の地元句会で先生は再び、

蜘蛛(くも)網(あみ)を張(は)るが如(ごと)くに我(わ)もあるか     虚子

という句を作られた。先生は自らを蜘蛛に擬(ぎ)したまま花鳥と共に過されていたのだ。
七十五歳になった今、先生と共に過した時間がいかに貴重なものであったかとしみじみと思い返している。花鳥諷詠詩(かちょうふうえいし)という俳句と一生付き合うことになったその原点がこの句であった。有難いことである。                   
平成二十二年五月十五日


平成二十三年「ホトトギス」一月号 より転載


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