2016年02月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  三十五. 椿(つばき)と 鰆(さわら)

平成二十五年三月の兼題は「椿」と「鰆」。どちらも「春」を旁(つくり)にした漢字で、違っているのは「木」偏と「魚」偏だけ。私の遊び心で選ばせて頂いたものです。

赤い椿白い椿と落ちにけり           碧梧桐(へきごとう)
(あかいつばきしろいつばきとおちにけり)


赤い椿と白い椿の代る代る落ちる光景が赤と白の対比と椿の落ちる動きとで印象鮮明かつ単純明快に描かれております。子規は俳句分類で知った叙景句に魅力を抱き、画家中村不折(なかむらふせつ)から得た洋画の技法「写生」を俳句に応用し月並俳句を打破して俳句革新をなし遂げましたが、この句などはその「写生」を体現したものと言えましょう。
碧梧桐と共に子規門の双璧をなした虚子も「高吟椿壽居士(こうぎんちんじゅこじ)」という戒名の示す通り椿を大変愛した俳人でありました。虚子には「椿子物語(つばきこものがたり)」という小説もあります。

ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に           虚子(きょし)
(ゆらぎみゆひゃくのつばきがさんびゃくに)


虚子の甥の池内たけしは

仰向きに椿の下を通りけり           たけし
(あおむきにつばきのしたをとおりけり)


という句で大正十一年、「ホトトギス」四月号の巻頭を得ました。この淡泊かつ平明な表現を客観写生のモデルとして虚子が賞揚したため一時「通りけり」が大流行したとのことであります。私は学生時代、池内たけしの「欅(けやき)」でその平明な写生を学びました。
流派は違いますが、石田波郷(いしだはきょう)もまた自宅で椿祭を催すほど椿を愛した俳人であります。

ひとつ咲く酒中花はわが恋椿          波郷(はきょう)
(ひとつさくしゅちゅうかはわがこいつばき)


第七句集『酒中花(しゅちゅうか)』の題名となった昭和三十九年の作品。「酒中花」は花弁の周辺が赤くにじみ出た絞りの中輪で、「恋椿」とは「酒中花という名前に惚れて買った椿」の由です。

山火事の次の日鬱と山椿            子郷(しきょう)
(やまかじのつぎのひうつとやまつばき)


「椰子会(やしかい)」の句友、友岡子郷(ともおかしきょう)の第二句集『日の径(ひのみち)』所収の一句。山火事の翌日、山中で出会った山椿に感情移入したもの。「鬱」という一語が余燼(よじん)の残る山谷の気配を生々しく伝えております。昭和五十一年のこの頃から彼は抒情性と選語感に優れた個性を花開かせ第一回雲母選賞や第二十五回現代俳句協会賞を立て続けに受賞して俳壇の注目を浴びました。
彼の所属した「雲母(うんも)」は平成四年八月一日付通巻九百号で終刊となりますが、

白日のなかへ入りゆく鰆船           子郷(しきょう)
(はくじつのなかへいりゆくさわらぶね)


という句は、その直前の七月号の巻頭を飾ったもので、沖へ向う鰆船が空に懸かる白日のなかへ入ってゆくように見えたというその感性と独想性とは素晴らしく、この句に勝る「鰆」の句は今後一寸現れ無いように思われます。
何れにせよ、飯田龍太と友岡子郷との師弟関係は余人には図り難い詩的黙契という強い絆で結ばれていたように感じます。

     
(平成二十五年三月七日 葉月会「道草」より)


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2015年02月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  二十三. 耕(たがやし)と 涅槃(ねはん)

三月の兼題は「耕(たがやし)」と「涅槃(ねはん)」に致しました。日本人の特性とされる勤勉性は農耕(のうこう)と深く関わりがあるように思われます。その稲作中心の文化は日本民族の精神風土を形成して参りました。俳句の季題の大半は農耕と関係あるものですが、とくに春先に行われる「耕」は種蒔(たねまき)や苗植(なえうえ)のために土を鋤(す)きほぐす大切な作業と云えるものであります。

耕しの女が二人蝶二つ             素十(すじゅう)
(たがやしのおんながふたりちょうふたつ)


素十の第二句集『雪片(せっぺん)』の中の一句です。「女が二人野良に出て耕しにいそしんでいる。その辺りを二匹の蝶が舞っている。」という見慣れた田園の風景を叙したものであります。散文(さんぶん)では只事に過ぎないことも季題十七文字の俳句に表しますと俄然生命が吹き込まれて一つの天地が現出するから不思議です。「二」という数字で単純化されて「女」と「蝶」が付かず離れず弾むようなリズムで活写(かっしゃ)されております。

耕せばうごき憩へばしづかな土         草田男(くさたお)
(たがやせばうごきいこえばしずかなつち)


草田男の第四句集『来し方行方(こしかたゆくえ)』所収(しょしゅう)の句であります。「土」に焦点を合わせたこの句からは、句集の扉に掲げる「われわれは 祈願する者から出て 祝福する者にならなければならない」というニーチェの言葉や草田男自身が跋(ばつ)に誌(しる)す「作品は生みつゞけられなければならない。此世に、避け得られない死といふものが存在し、抑へ得られない愛といふものが存在するが故に。」という言葉に表された意志が暗示されているように思われます。

「涅槃」とは釈迦(しゃか)入滅(にゅうめつ)を意味し、陰暦二月十五日には各寺院で涅槃会(ねはんえ)が営まれます。阿波野青畝(あわのせいほ)には主宰誌(しゅさいし)「かつらぎ」の誌名の由来となった代表句

葛城の山懐に寝釈迦かな            青畝(せいほ)
(かつらぎのやまふところにねじゃかかな)


を初め、同じ第一句集『萬両(まんりょう)』の「なつかしの濁世の雨や涅槃像(なつかしのじょくせのあめやねはんぞう)」や第二句集『国原(くにはら)』の「一の字に遠目に涅槃したまへる(いちのじにとおめにねはんしたまえる)」「涅槃図の穢土も金泥ぬりつぶし(ねはんずのえどもきんでいぬりつぶし)」や第三句集『春の鳶(とび)』の「美しき印度の月の涅槃かな(うつくしきいんどのつきのねはんかな)」等々数多くの涅槃像を詠んだ名吟があって他の追随(ついずい)を許さないものがあります。青畝は難聴(なんちょう)のため心耳(しんじ)を澄ませた集中力と生来(せいらい)の主情的(しゅじょうてき)な表現力で東の秋桜子(しゅうおうし)、素十に対し西の誓子(せいし)と共に四Sの一人として大いに気(き)を吐(は)きました。
その他、私の愛唱(あいしょう)し止まない「涅槃」の作には

土不踏ゆたかに涅槃し給へり          茅舎(ぼうしゃ)
(つちふまずゆたかにねはんしたまえり)

獣に青き獅子あり涅槃像            夜半(やはん)
(けだものにあおきししありねはんぞう)

赤寺の赤絵がちなる涅槃変           朱鳥(あすか)
(あかでらのあかえがちなるねはんへん)

牛に蹄馬に蹄や涅槃の日            爽波(そうは)
(うしにひづめうまにひづめやねはんのひ


などがあります。涅槃図は高野山金剛峯寺(こうやさんこんごうぶし)や京都東福寺(きょうととうふくじ)、泉涌寺(せんゆうじ)のものが有名ですが、加古川の鶴林寺(かくりんじ)では線描(せんびょう)の涅槃図を目に致しました。


(平成二十四年三月九日 葉月会「道草」より)


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2014年02月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  十一. 雛(ひな)と 蕨(わらび)

三月の兼題は「雛(ひな)」と「蕨(わらび)」であります。

雛飾りつゝふと命惜きかな                立子(たつこ)
(ひなかざりつつふといのちおしきかな)


虚子(きょし)の次女で「玉藻(たまも)」の主宰者(しゅさいしゃ)となった星野立子(ほしのたつこ)の句。句集『春雷(しゅんらい)』所収(しょしゅう)のこの句は昭和二十七年、四十九歳の作です。立子は昭和五十九年三月三日、八十一歳で亡くなりましたので奇(く)しくも「雛祭(ひなまつり)」の日が「立子忌(たつこき)」となりました。「雛祭」は元々穢(けが)れを祓(はら)う禊(みそぎ)を意味する「雛流し(ひなながし)」から始まったものですから女の子の成長や幸運を祝う華やかな行事の裏にどこか人の世の儚(はかな)さを感じさせる季題であります。「雛飾りつゝ」という行為と「ふと命惜き」という心情との間には自然な時間の流れというものを感じます。

天仰ぎつづけて雛流れゆく                敦子(あつこ)
(てんあおぎつづけてひひなながれゆく)


第五句集『天仰ぐ(てんあおぐ)』の題名になった「雨月(うげつ)」主宰(しゅさい)大橋敦子(おおはしあつこ)の代表句であります。「天仰ぎつづけて」という表現に「流し雛(ながしびな)」との自己同一化(じこどういつか)がなされております。これも「雛」という季題の持つイメージを最大限活用して人の運命や諦観(ていかん)を強調することの出来た素晴らしい写生句(しゃせいく)であると云えます。平成四年、宮島での雛流しの折の作と聞いております。
その他、「雛」の句で忘れ難(がた)いものに

天平のをとめぞ立てる雛かな               秋桜子(しゅうおうし)
(てんぺょうのおとめぞたてるひひなかな)

仕る手に笛もなし古雛                  たかし
(つかまつるてにふえもなしふるひひな)

雛の軸睫毛向けあひ妻子睡る               草田男(くさたお)
(ひなのじくまつげむけあいさいしねむる)


などがあり、秋桜子の「優美(ゆうび)」、たかしの「格調(かくちょう)」、草田男の「祝福(しゅくふく)」といった特性(とくせい)がそれぞれに「雛」という格好の題材を得(え)て遺憾(いかん)なく発揮(はっき)されていることに感心致します。
『万葉集(まんようしゅう)』巻八(まきはち)の巻頭歌(かんとうか)の、「石(いわ)走(ばしる)垂水(たるみ)の上のさ蕨(わらび)の 萌(も)え出(い)づる春になりにけるかも(岩の上を流れる滝の上に蕨が芽を出し、春を感じることよ) 志貴皇子(しきのみこ)」に詠(うた)われている通り「蕨(わらび)」は日本を代表する早春(そうしゅん)の山菜(さんさい)であります。

良寛の天といふ字や蕨出づ                魚目(ぎょもく)
(りょうかんのてんというじやわらびいず)


良寛(りょうかん)は名筆(めいひつ)で有名ですが、作者の宇佐美魚目(うさみぎょもく)もまた高名(こうめい)な書家(しょか)であります。この句は昭和四十九年に作られ第二句集『秋収冬蔵(しゅうしゅうとうぞう)』に収(おさ)められました。「天(てん)」という一字が躍動感(やくどうかん)に溢(あふ)れ、その天を目指して続々と萌(も)え出す蕨達(わらびたち)も生命感(せいめいかん)に充(み)ち満(み)ちているようです。

日輪の燃ゆる音ある蕨かな                あきら
(にちりんのもゆるおとあるわらびかな)


平成十五年作。大峯あきら(おおみねあきら)第七句集『牡丹(ぼたん)』に収められております。この句の要(かなめ)は「燃ゆる音ある」の中七(なかひち)にあります。「日輪の燃ゆる音」は人間には聞こえません。しかし、蕨達はそれを知っているのです。それは、存在と同化(どうか)する力を持つ者にのみ聞こえる世界と云(い)えるでありましょう。人間の中でそれを感じ取ることの出来るのは「永遠(えいえん)の生命(いのち)である言葉」を探し得(え)た僅(わず)かな詩人(しじん)や俳人(はいじん)のみであります。



(平成二十三年三月三日 葉月会「道草」より)




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