波多野爽波論 三、爽波と草田男（一）

爽波氏と松本たかしに「感覚派の系譜」といえる感性的な同質性が認められたのに対し、作家的成長の上での「影響力」という点では草田男が最も重要な意義をもつであろう。

事実、虚子亡き後の俳壇の代表者として草田男ほど伝統精神を全身的に享受し、これを文学として向上発展せしめることに全人的な努力を傾けた作家は他に無いと言っても過言ではない。俳人に哲学的覚醒を与え、俳句に人間愛の寓意と象徴精神を吹き込んだその功績は豊穰な作品群と共に俳壇の歴史の上で輝やかしい光芒を放つものである。

感覚主義的な作風を本質的特徴とされる爽波氏が自己の詩的領域を拡げるために「人間性」の表現に関心を抱かれはじめたのも単に偶然からでも、氏の職業的環境からでもない。草田男に顕在する「愛の世界」−−運命愛・家族愛・友愛・人間愛−−の魅力、異質なるものへの憧憬がそうさせたのに違いあるまい。

処で、爽波と草田男の違い、それは両者の人生態度の上の違いにはっきりと現われている。すなわち、前者においては「美の把握」、従って冷静客観的な対象へのアプローチが示されるのに対し、後者においては「善の追求」、従って主情主観的な対象へのアプローチが示されており、これを一言にしていえば、ナルチスとゴルトムント、現象詩人と運命詩人の相異と言いうるであろう。

文集　−　波多野爽波論／中杉隆世　三、爽波と草田男（二）へ続く

（昭和三十九年一月）

『青』へ寄稿

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