2015年07月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  二十八. 七夕(たなばた)と 朝顔(あさがお)

平成二十四年八月の兼題は「七夕(たなばた)」と「朝顔(あさがお)」ですが、今回は石田波郷(いしだはきょう)の作品に絞って鑑賞してみようと思います。

朝顔の紺の彼方の月日かな           波郷(はきょう)
(あさがおのこんのかなたのつきひかな)


昭和十七年、波郷二十九歳の作で第二句集『風切(かざきり)』所収の句です。この年六月、波郷は結婚して「馬酔木(あしび)」同人と編集を辞し、主宰誌「鶴(つる)」を唯一の活動拠点に致しました。
「朝顔の紺の彼方」とは故郷松山から俳句を志して上京し水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)の庇護を受けて「馬酔木」の代表作家となり、「鶴」を創刊して独立するまでの過去を振り返ったものと思われます。一気に畳み掛けてゆくような詠法で切字「かな」を末尾に据え、鐘の余韻のように余情を響かせている点、「俳句の古典と競い立つ」と言った彼の自信作と言えましょう。
『風切』には、他にも

初蝶やわが三十の袖袂
(はつちょうやわがさんじゅうのそでたもと)

葛咲くや嬬恋村の字いくつ
(くずさくやつまこいむらのあざいくつ)

槇の空秋押し移りゐたりけり
(まきのそらあきおしうつりいたりけり)


等清新で溌剌とした抒情豊かな作品が粒揃いです。 
その後、召集されて軍鳩取扱兵(ぐんきゅうとりあつかいへい)となり戦地北支(ほくし)で肺結核を罹病した事が波郷の運命を大きく変えてゆくこととなります。

七夕竹惜命の文字隠れなし           波郷(はきょう)
(たなばただけしゃくみょうのもじかくれなし)
 

第五句集『惜命(しゃくみょう)』の句集名となった波郷の代表作であります。『惜命』は肺患再発の昭和二十二年の九月から翌年五月清瀬村の国立東京療養所に入所して二度の成形手術と補正手術を受け昭和二十五年二月に退所するまでの療養生活中の作品を纏めたものであります。
「七夕竹」に結ばれた短冊の「惜命」の二文字に籠る患者の悲痛な願意が波郷自身の願意となって振幅を拡げ美しく翻る七夕色紙と相俟って完璧な心境俳句に結晶いたしました。

『惜命』には波郷自らの手術を詠った「胸形変(きょうぎょうへん)」を初めとして

曇天と古草の間屍ゆく
(どんてんとふるくさのあいかばねゆく)

雪はしづかにゆたかにはやし屍室
(ゆきはしずかにゆたかにはやしかばねしつ)

梅も一枝死者の仰臥の正しさよ
(うめもいっしししゃのぎょうがのただしさよ)


など死の現実と向かい合った日常の世界が非日常的に描かれ、曽っての明るい抒情はより深く沈潜した抒情へと変質し、波郷の声価を高める要因となりました。「境涯俳句は物語の断片を詠えというのではない。生けるかなしみ、生ける甲斐を詠うものだ。」とする波郷の言は「いわば自身の境涯をつねに作句の根底に置く背水の陣に似た意識がうかがえる。」と三橋敏雄は解き明かし結んでおります。

     
(平成二十四年八月十二日 葉月会「道草」より)


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posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 八月の季題について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする