2015年07月01日

〜まど〜 今月のテーマと例句 『月』 

今年(平成二十三年)は「待宵」「中秋名月」「十六夜」と三日連続で美しい月を眺めることが出来ましたが、今夜はどうも生憎の雨で「寝待月」が見られそうにありません。「雪月花」と謳われる「月」は日本の自然美を代表するものです。それは四季を通じて年中見られますが、とりわけ清らかで美しいのは空気の澄んだ秋であります。従って俳句の季題は「月」を秋と定めているのであります。
月は地球と太陽の間に来たときが朔(さく(新月))で、三日月、上弦の月を経て太陽の反対側へ来たときが望(もち(満月))であります。そしてさらに下弦の月を経て朔へ戻って行きます。このように月は季節の移ろいのままに一時も同じ姿を私達に見せることなくそのときどきの風情を味あわせてくれるのであります。
その優美で清廉な姿は、和歌などで「もののあわれ」の精神を生み、また仏教と結び付いて魂の救済の拠り所ともなって参りました。「月」は中国の漢詩でも好んで詩の主題として取り上げられ、李白(りはく)の「静夜思(せいやし)」や杜甫(とほ)の「月夜(げつや)」、王維(おうい)の「竹里館(ちくりかん)」などを生みました。
さて俳句の前身の俳諧の初めの頃は

月に柄をさしたらばよき団扇かな        宗鑑(そうかん)
(つきにえをさしたらばよきうちわかな)

というようなおおらかな諧謔(かいぎゃく)に満ちた句が作られましたが、芭蕉以後になりますと

名月や池をめぐりて夜もすがら         芭蕉(ばしょう)
(めいげつやいけをめぐりてよもすがら)

名月や畳の上に松の影             基角(きかく)
(めいげつやたたみのうえにまつのかげ)

月天心貧しき町を通りけり           蕪村(ぶそん)
(つきてんしんまずしきまちをとおりけり)

名月を取ってくれろと泣く子かな        一茶(いっさ)
(めいげつをとってくれろとなくこかな)

という閑寂の世界や人間味のあふれた文学的な作品が現れて参ります。そして正岡子規(まさおかしき)の俳句革新以後ともなれば「ホトトギス」を中心とした、

子規逝くや十七日の月明に           虚子(きょし)
(しきゆくやじゅうしちにちのげつめいに)

月を思ひ人を思ひて須磨にあり
(つきをおもいひとをおもいてすまにあり)

蓮の中羽うつものある良夜かな         秋桜子(しゅうおうし)
(はすのなかはうつものあるりょうやかな)

けふの月長いすすきを活けにけり        青畝(せいほ)
(きょうのつきながいすすきをいけにけり)

十五夜の雲のあそびてかぎりなし        夜半(やはん)
(じゅうごやのくものあそびてかぎりなし)


というような印象鮮明な写生調の作品が増えてくるのです。
これらの人々に続いて更に個性の花を開かせたのは、

葛飾の月の田圃を終列車            茅舎(ぼうしゃ)
(かつしかのつきのたんぼをしゅうれっしゃ)

森を出て花嫁来るよ月の道
(もりをでてはなよめくるよつきのみち)

南蔵院月の円相杉隠れ
(なんぞういんつきのえんそうすぎがくれ)

ひらひらと月光降りぬ貝割菜
(ひらひらとげっこうふりぬかいわりな)

大富士の現れゐるや望の宿           たかし
(おおふじのあらわれいるやもちのやど)

我庭の良夜の薄湧く如し
(わがにわのりょうやのすすきわくごとし)

静かなる自在の揺れや十三夜
(しずかなるじざいのゆれやじゅうさんや)

乗鞍は凡そ七嶽霧月夜
(のりくらはおよそななだけきりづきよ)

月ゆ声あり汝は母が子か妻が子か        草田男(くさたお)
(つきゆこえありなわははがこかつまがこか)

吾妻かの三日月ほどの吾子胎すか
(あづまかのみかづきほどのあこやどすか)

遥かにも彼方にありて月の海
(はるかにもかなたにありてつきのうみ)

頭をふりて身をなめ装ふ月の猫
(ずをふりてみをなめよそうつきのねこ)


と云った若い気鋭の作家達でありました。選語感の新しさ、表現力の確かさに画期的なものを感じます。
その外、日中戦争に軍医として従軍した長谷川素逝(はせがわそせい)の句なども異色的です。

おほ君のみ楯と月によこたはる         素逝(そせい)
(おおきみのみたてとつきによこたわる)

月落ちぬ傷兵いのち終りしとき
(つきおちぬしょうへいいのちおわりしとき)

てつかぶと月にひかると歩哨に言ふ
(てつかぶとつきにひかるとほしょうにいう)

月は空より修羅のいくさをひるのごと
(つきはそらよりしゅらのいくさをひるのごと)


私にとって忘れ難い句と言えば、伝統派では

黄海や月代もなく月出づる           播水(ばんすい)
(こうかいやつきしろもなくつきいづる)

十六夜の雲深ければ五位わたる         青邨(せいそん)
(いざよいのくもふかければごいわたる)

父がつけしわが名立子や月を仰ぐ        立子(たつこ)
(ちちがつけしわがなたつこやつきをあおぐ)


であり、現代派では

名月や門の欅も武蔵ぶり            波郷(はきょう)
(めいげつやもんのけやきもむさしぶり)

徐々に徐々に月下の俘虜として進む       静塔(せいとう)
(じょじょにじょじょにげっかのふりょとしてすすむ)

こんなよい月を一人で見て寝る         放哉(ほうさい)
(こんなよいつきをひとりでみてねる)

といった作品が挙げられます。



平成二十三年九月十六日 

中杉髏「


俳碑.jpg



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posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 月がテーマの俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする