2015年05月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  二十六. 短夜(みじかよ)と ほととぎす

平成二十四年六月の兼題は「短夜(みじかよ)」と「ほととぎす」に致しました。

短夜や夢も現も同じこと            虚子(きょし)
(みじかよやゆめもうつつもおなじこと)

明易や花鳥諷詠南無阿弥陀
(あけやすやかちょうふうえいなむあみだ)


虚子の『七百五十句』は、昭和三十九年に長男高浜年尾(たかはまとしお)と次女星野立子(ほしのたつこ)とに依って、二十六年一月一日以後死去の日迄の虚子の「句日記」の中から選抜刊行された遺句集であります。前句は昭和二十七年五月二十三日京都室町の藤井邸で、後句は昭和二十九年七月十九日鹿野山神野寺の稽古会で作られました。前句のあと、二十五日には高野山金剛峯寺で

人の世の今日は高野の牡丹見る
(ひとのよのきょうはこうやのぼたんみる)


を詠み、翌二十六日の奥の院では、弘法大師空海の即身成仏を

若死の六十二とや春惜しむ
(わかじにのろくじゅうにとやはるおしむ)

と悼みました。後句について、稲畑汀子著『虚子百句』ではこの「花鳥諷詠南無阿弥陀」を取り上げ「ここに到って「花鳥諷詠」は虚子にとって俳句本来の性質を説明した言葉たることから脱して、「極楽の文学」の教義、行、福音となっていた」と評釈しております。

飛騨の生れ名はとうといふほととぎす      虚子(きょし)
(ひだのうまれなはとうというほととぎす)


昭和六年六月二十四日、虚子五十七歳の作で詞書に「上高地温泉ホテルにあり。少婢の名を聞けばとうといふ。」とあります。『虚子百句』では、飯の給仕に来た少女との出会いから帰路互いに手を振って別れるまでの心の交流が虚子の『喜寿艶』に優しくエッセイ風に描かれていると紹介し、名告り鳴くとされる「ほととぎす」が上高地の山気を伝えると共に純朴な少女の隠喩になっていると説明致しております。

谺して山ほととぎすほしいまゝ         久女(ひさじょ)
(こだましてやまほととぎすほしいまま)


同じ昭和六年、日本新名勝俳句の帝国風景院金賞に入選して一躍有名になった杉田久女(すぎたひさじょ)の句です。「谺して・・・ほしいまゝ」という格調高い措辞から深山幽谷に棲む山ほととぎすが作者に同化して裂帛(れっぱく)の声を放っているような感興さえ致します。六年間に二百三十通の手紙を虚子に書き送ったという異常な行動が示すように狂気の天才の末路は哀れでありました。虚子の『椿子物語』に「国子の手紙」という文章があります。

桟は樺の若木時鳥               鶏二(けいじ)
(かけはしはかんばのわかぎほととぎす)

橋本鶏二の第四句集『朱』所収の昭和三十年の作品です。渓流に樺の若木で編まれた桟(かけはし)が懸っていて渓谷の奥からほととぎすの鋭声が響き渡って来るという、これまた大変格調の高い一句であります。「カ音」と「ギ音」の繰返しがリズムカルで快く、客観写生による実感の籠った迫真性の強い句となっております。鶏二は高野素十(たかのすじゅう)を敬愛し写生の旅を重ねて写生の鬼と言われるまでになりました。

      

(平成二十四年六月九日 葉月会「道草」より)


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posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 六月の季題について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする