2015年04月01日

〜まど〜 今月のテーマと例句 『子供』 

俳句へのアプローチの方法にはいろいろなやり方がありますが、しばらく人間をテーマにしたものから始めてみようと思います。人間がテーマと言えば、真っ先に自分自身でしょう。それから愛の対象で人生の伴侶である妻、その愛の結晶である子供という具合につづき、それから母、父、兄弟、姉妹、友、知己(ちき)という具合に範囲を広げてゆくことになるのでしょう。

俳句は詩の仲間の抒情詩(じょじょうし)の一つでありますので肉親や恋人に対する想いがもっとも詩のテーマとして相応しいことは申すまでもありません。ただ、俳句には季題と十七文字という制約がありますので短歌や自由詩のように感情をそのまま表現しただけでは未成熟な詩として終ってしまいます。俳句の場合は直接感情を訴える代わりにそういう感情を呼び起こす動機となった対象物を正しく写し取ることに依(よ)ってその想いを伝えると言うやり方が取られるのです。これを私共は写生(しゃせい)と言っております。

ではこれから、出来るだけ具体的に実例を挙げて子供を詠った俳句をご紹介して参りましょう。

名月を取ってくれろと泣く子かな        一茶(いっさ)
(めいげつをとってくれろとなくこかな)

皆さんは小林一茶のことは学校で習って知っておられるでしょう。江戸時代の俳人で有名なのは、芭蕉(ばしょう)と蕪村(ぶそん)と一茶です。芭蕉や蕪村に子供を詠んだ有名な俳句というのは余り聞いたことがありませんが、人事句の得意な一茶にはこんな面白い句があるのです。いくら泣いて駄々をこねられても名月を取ることなどできませんよね。一茶はそういう無邪気な子供の様子を俳句にしてみたかったのかも知れません。これは名月がテーマでは無くて泣く子がテーマとなっているのであります。このように風流や滑稽という世界に止まっていた明治以前の俳句では余り正面から子供を詩のテーマとした俳句はありませんでした。
昭和に入って、中村草田男(なかむらくさたお)という人が出てきて「吾子俳句(あこはいく)」を「ホトトギス」に発表し始めたことは本当に画期的な出来事であったと言って良いでしょう。
草田男は長い学生生活で生涯の志望として生き甲斐ある生への模索を続け、倉田百三(くらたひゃくぞう)・ニーチェ・トルストイ・ストリンドベリー・ドストエフスキー・ヘルダーリン・チエホフ等を耽読(たんどく)する思想的遍歴を致しました。それは結婚という人生の大事においても同じことで十回に及ぶ見合いの末、最愛の直子(なおこ)夫人と巡り合い、三千子(みちこ)、郁子(いくこ)、弓子(ゆみこ)、依子(よりこ)という四人のお子さんを設けました。
草田男と言えば

萬緑の中や吾子の歯生え初むる         草田男(くさたお)
(ばんりょくのなかやあこのははえそむる)

が有名であります。これは、次女誕生の折に詠まれた句でありますが、萬緑の中に赤ん坊の歯が生え始めたという生命讃美の感動を詠ったもので「萬緑(ばんりょく)」という新季語と共に印象鮮明な人間讃歌の句として世評の高い作品となりました。
その他

赤んぼの五指がつかみしセルの肩
(あかんぼのごしがつかみしせるのかた)

櫻の實紅経てむらさき吾子生まる
(さくらのみべにへてむらさきあこうまる)

吾子の瞳に緋躑躅宿るむらさきに
(あこのめにひつつじやどるむらさきに)

朝ざくらみどり児に言ふさようなら
(あさざくらみどりごにいうさようなら)

馬多き渋谷の師走吾子と佇つ
(うまおおきしぶやのしわすあことたつ)

童話書くセルの父をばよぢのぼる
(どうわかくせるのちちをばよじのぼる)

など数え上げれば限(きり)が無いほど素晴らしい子供の俳句を作っております。
草田男の理想は幸福で堅固(けんご)な家庭の建設であってその俳句は全人的努力のささやかな象徴として存在しているのであります。これらすべて彼の歓喜の歌であり、生命力の讃歌であります。彼はこのような作品を基に人間探求派の一人として現代俳句に偉大な足跡を残すことになるのです。
もう一人、子供の俳句の名手に中村汀女(なかむらていじょ)の名が挙げられます。

咳の子のなぞなぞあそびきりもなや       汀女(ていじょ)
(せきのこのなぞなぞあそびきりもなや)

ここには、独り遊ぶ子供に対する母親の深い愛情の目というものが感じ取れます。汀女は虚子の次女の星野立子(ほしのたつこ)と併称(へいしょう)される程の感性豊かな女流俳人であります。その洗練された都会感覚には他の追随を許さぬものがありました。
税吏(ぜいり)の夫との間には一女二男があり夫の転勤に従って横浜、大森、仙台、世田谷などの都市を転々と移り住みました。
他に

泣いてゆく向うに母や春の風
(ないてゆくむこうにははやはるのかぜ)

末の子が黴と言葉を使ふほど
(すえのこがかびとことばをつかうほど)

あはれ子の夜寒の床の引けば寄る
(あわれこのよさむのとこのひけばよる)

という句もありますが、自分の子供以外にも

乞へば茅花すべて与えて去にし子よ
(こえばつばなすべてあたえていにしこよ)

人のつく手毬次第にさびしけれ
(ひとのつくてまりしだいにさびしけれ)

など子供の目線で子供の心理に入り込んだ見事な作品を次々と発表致しました。



平成二十三年六月二十四日 

中杉髏「



俳碑.jpg



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posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 子供がテーマの俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする