2015年01月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  二十二. 薄氷(うすごおり)と 猫柳(ねこやなぎ)

今年(平成二十四年)の二月の兼題は「薄氷(うすごおり)」と「猫柳(ねこやなぎ)」に致しました。
「薄氷」と言えば、すぐ想起(そうき)されるのが高野素十(たかのすじゅう)の第一句集『初鴉(はつがらす)』の中の一句、

泡のびて一動きしぬ薄氷             素十(すじゅう)
(あわのびてひとうごきしぬうすごおり)


であります。これは、じっと長い間薄氷を見つめていてその薄氷の下の泡がふとのびた一瞬の変化を「一動きしぬ」という言葉で捉えて大自然そのものの生命感まで表現し得たものであります。このように宇宙の一端を叙(じょ)して宇宙全体の力まで表現する高野素十の俳句は「俳句の原型」とも「純粋客観写生(じゅんすいきゃっかんしゃせい)」とも言われており、その自然に対する敬虔(けいけん)な態度は俳句を志す誰もが学ぶべきものと考えます。

眠りては時を失ふ薄氷             朱鳥(あすか)
(ねむりてはときをうしなううすごおり)


「ホトトギス」の奇才(きさい)野見山朱鳥(のみやまあすか)は昭和四十五年二月二十六日、肝硬変のため五十二歳の若さで亡くなりました。この句は、腹水のため急遽飯塚病院に入院し昏睡状態に陥るまでの間に作られ、後にひふみ夫人に依(よ)って纏(まと)められた第六句集『愁絶(しゅうぜつ)』の最後に「遺句帖抄(いくちょうしょう)」として掲げられている中の一句であります。夢うつつの間、朱鳥はずっと俳句を追い続けていたことでありましょう。「時を失ふ」という一語に「死よりも詩」を求めた詩人の魂が感じられます。この場合の「薄氷」は眼前(がんぜん)に凝視されたそれではなく、回想の中の「薄氷」のイメージが病弱であった自らの人生の象徴となって結晶したものと言えます。

水辺に自生する銀鼠色の「猫柳」も早春の詩情(しじょう)をそそる季物であります。

猫柳四五歩離れて暮れてをり          素十(すじゅう)
(ねこやなぎしごほはなれてくれており)


これは第二句集『雪片(せっぺん)』に収められた素十の代表作の一つであります。
「無心の眼前(がんぜん)に風景が去来(きょらい)する。さうして五分−十分−二十分。眺めてゐる中にやうやく心の内に興趣(きょうしゅ)と云ったものが湧いてくる。その興趣を尚心から離さずに捉へて、尚見つめて居る内にはっきりした印象となる。その印象をはじめて句に作る」と語った、その素十が一日眺め尽くした挙句、猫柳に別れを告げようとして振り返ったその瞬間に出来たという句であります。

猫柳湖畔の春はとゝのはず           播水(ばんすい)
(ねこやなぎこはんのはるはととのわず)


これは五十嵐播水(いがらしばんすい)の第二句集『月魄(げっぱく)』の昭和九年の作であります。『俳句になるまで』(新樹社)の春の部の冒頭に「膳所(ぜぜ)の監獄の塀が湖べりにありました。見ると猫柳がそこにもここにもありました。然(しか)しその花苞(はなつと)は赭(あか)くまだ銀色ではありませんでした。」とあり、雪しまきや沖に舞う群千鳥(むれちどり)の有様などが記されております。そんな事は一切捨象(いっさいしゃしょう)して「湖畔の春はとゝのはず」とのみ表現したところが見事です。播水は京大三高俳句会で草城(そうじょう)や誓子(せいし)と共に句作をしましたが、二人とは違い、虚子の訓えを良く守って卒の無い写生で平明(へいめい)かつ滋味豊かな近代感覚の抒情句(じょじょうく)を数多く残しました。


(平成二十四年二月十一日 葉月会「道草」より)


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posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 二月の季題について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする