2014年11月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  二十. 枯木(かれき)と 餅(もち)

平成二十三年十二月の兼題は「枯木(かれき)」と「餅(もち)」に致しました。
今年(平成二十三年)は東日本の津波や放射能禍(ほうしゃのうか)を引き起こした大震災に始まり、各地では集中豪雨による水禍(すいか)が頻発(ひんぱつ)し、世界でも政変や通貨不安が拡大するという大変な一年になりました。
今月の「枯木」という季題は私にとって忘れ難(がた)い、思い出深いものであります。

去り行くか枯木に凭れゐし男          隆世(たかよ)
(さりゆくかかれきにもたれいしおとこ)

この句は大学生の頃、真夜中過ぎの須磨寺の大池(おおいけ)の畔(ほとり)で作りました。昭和三十二年の「ホトトギス」六月号の巻頭句ですが、いろんな人から評されて私の代表句のようになっております。偶然池の向うに私と同じように枯木に凭(もた)れている男を見つけその男が枯木を離れて私の目の前を通り過ぎて行くまでの時間的経過を描いたものです。「第三の男」という当時の映画のラストシーンが潜在意識(せんざいいしき)になっていたかと思います。この句は又、虚子記念文学館の俳磚(はいせん)となって虚子先生の「去年今年貫く棒の如きもの(こぞことしつらぬくぼうのごときもの)」の傍(そば)に飾られています。

大枯木より大枯木まで十歩           素十(すじゅう)
(おおかれきよりおおかれきまでじゅっぽ)

素十の第二句集『雪片(せっぺん)』所収の句です。並び立つ大枯木の中の二本の間が十歩であったという単純な写生ですが、枯木の佇(たたず)まいや作者の歩みがはっきりと目に浮かぶ名吟(めいぎん)です。

赤く見え青くも見ゆる枯木かな         たかし
(あかくみえあおくもみゆるかれきかな)

昭和五年三月の「ホトトギス」雑詠(ざつえい)の句。第一句集『松本たかし句集』に収められております。雑詠句評会で虚子は「悪く言えば神経衰弱的(しんけいすいじゃくてき)、よく言えば常人(じょうじん)に異なる詩人の頭」と言い、「此(こ)の作者にとっては真実なのである。誇張(こちょう)して言ったものでもない。又嘘を言ったものでもない。」「本当のことを大胆に言った。」と評しております。

餅焼く火さまざまの恩にそだちたり       草田男(くさたお)
(もちやくひさまざまのおんにそだちたり)

第四句集『来し方行方(こしかたゆくえ)』に所収。「餅焼くや」ではなく「餅焼く火」とした所が肝心です。
「餅」にまつわるさまざまの思いが「火」に集中しております。「餅を焼くたびに故郷松山で父母代わりに自分を育ててくれた祖母との生活のイメージが先(ま)ず蘇(よみが)えってくる」という草田男自身の述懐(じゅっかい)があります。第三句集『萬緑(ばんりょく)』にも「餅白くみどり児の唾泡細か(もちしろくみどりごのつばあわこまか)」や「詩(し)よりほかもたらさらぬ夫(つま)に夜の餅」があり、その詩精神(しせいしん)はまことに豊かです。

ふくれ来る餅に漫画を思ひけり          風人子(ふうじんし)
(ふくれくるもちにまんがをおもいけり)

昭和二十八年の「ホトトギス」六月号の巻頭句です。餅を焼いていると、一ヶ所が吹き始めるとつぎつぎ思わぬところがふくれ出します。その意外性から思わず漫画のようだと思ったのでしょう。漫画にある「吹出し」という台詞の書かれた囲みの部分まで連想させ、その無邪気な着想(ちゃくそう)はすべての読者を魅了します。


(平成二十三年十二月十一日 葉月会「道草」より)


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posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 十二月の季題について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする