2014年08月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  十七. 葛(くず)と 月(つき)

平成二十三年九月の兼題は「葛(くず)」と「月(つき)」であります。
歳時記では「葛」と「葛の花」とは別題にされております。それはそれぞれに情趣(じょうしゅ)の深い詩的な味わいがあるためと考えます。「葛」と言えば生い茂った蔓(つる)や葉を総称し、「葛の花」と言えば葉隠(はがくれ)に咲く紫赤色(しせきしょく)の花を指します。「恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信太(しのだ)の森のうらみ葛の葉」の「葛の葉」は浄瑠璃(じょうるり)の白狐(しろぎつね)の名でありますが、このように「葛」という言葉にはもののあわれを深く感じさせる情感が籠(こも)っているように思われます。
「仙台につく。みちはるかなる伊予(いよ)の我家(わがや)をおもへば」という前書(まえがき)のある

あなたなる夜雨の葛のあなたかな          不器男(ふきお)
(あなたなるよさめのくずのあなたかな)


という芝不器男(しばふきお)の句は、夜雨(よさめ)の葛と闇夜(やみよ)の旅路(たびじ)とを絵巻物(えまきもの)のように解(かい)した虚子(きょし)の名鑑賞(めいかんしょう)で一躍有名(いちやくゆうめい)になりました。「選(せん)は創作(そうさく)なり」という虚子の面目躍如(めんぼくやくじょ)たるものを感じます。

吹き渡る葛の嵐の山幾重              たかし
(ふきわたるくずのあらしのやまいくえ)


『石魂(せっこん)』に収録された松本たかしの名吟(めいぎん)であります。吹き白む葛の葉の動きと遥か彼方へ連なり重なる山波(やまなみ)とをかく叙(じょ)したもので、たかしらしい格調の高い写生句であります。『野守(のもり)』には「山山を覆ひし葛や星月夜(やまやまをおおいしくずやほしづきよ)」「山山の葛咲き了り秋日和(やまやまのくずさきおわりあきびより)」が収められております。

葛咲くや嬬恋村の字いくつ             波郷(はきょう)
(くずさくやつまこいむらのあざいくつ)


私の第二句集の題名は『嬬恋(つまこい)』ですが、それはこの句から名付けたものです。私を俳句の虜(とりこ)にしたこの句との出会いは誠に衝撃的なものがありました。これは波郷が昭和十七年八月、草津に居る義妹(ぎまい)を迎えにゆく途中、沓掛軽井沢(くつかけかるいざわ)に遊び、鹿澤(かざわ)に出かけ徒歩で一村(いっそん)が一郡(いちぐん)の大きさをもつという嬬恋村の字々(あざあざ)を通り抜けた時の作であります。第二句集『風切(かざきり)』に「葛の雨鶴溜駅しぶきけり(くずのあめつるだまりえきしぶきけり)」という句と並んで出ております。

白樺に月照りつゝも馬柵の霧            秋桜子(しゅうおうし)
(しらかばにつきてりつつもませのきり)


『葛飾(かつしか)』所収(しょしゅう)の赤城山(あかぎやま)連作五句(れんさくごく)の一つですが「啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々(きつつきやおちばをいそぐまきのきぎ)」と同時作で水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)の代表句の一つです。白樺(しらかば)と月と馬柵(ませ)の霧とが絶妙な雰囲気を醸(かも)し出していて、外光(がいこう)の明るさと近代的色調を伴(ともな)う抒情(じょじょう)の世界が見事な迄に描き尽くされております。

月ゆ声あり汝は母が子か妻が子か          草田男(くさたお)
(つきゆこえありなはははがこかつまがこか)


『火の島(ひのしま)』所収(しょしゅう)。昭和十四年六月号の「ホトトギス」巻頭句(かんとうく)でありますが、難解(なんかい)で有名になった句でもあります。母と妻の存在の板挟(いたばさ)みに合って煩悶(はんもん)する有様(ありさま)を天上の月から下問(かもん)されるという劇的構成で、自らの真摯(しんし)な生(い)き様(ざま)を厳粛(げんしゅく)に表現しようとしたものであります。

月の波消え月の波生まれつゝ            汀子(ていこ)
(つきのなみきえつきのなみうまれつつ)


『俳句十二ヵ月』には「瀬戸内海(せとないかい)を航(ゆ)く船上から月夜の海を見て作った」との述懐(じゅっかい)があります。初心の頃の作で虚子(きょし)に誉(ほ)められたそうであります。




(平成二十三年九月十日 葉月会「道草」より)


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posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 九月の季題について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする