2014年05月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  十四. 蛍(ほたる)と 黴(かび)

六月の兼題は「蛍(ほたる)」と「黴(かび)」であります。

蛍火や疾風のごとき母の脈             波郷(はきょう)
(ほたるびやはやてのごときははのみゃく)


昭和二十九年五月、母危篤の報(しら)せを受けた石田波郷(いしだはきょう)は急遽(きゅうきょ)郷里(きょうり)の伊予(いよ)へ帰省(きせい)致します。それは『赤光』(しゃっこう)の「死にたまふ母」の齋藤茂吉(さいとうもきち)の心境に似通(にかよ)うものがありました。この句、「蛍火」が心電図の明滅(めいめつ)を思わせ、「疾風のごとき母の脈」が予断(よだん)を許さぬ緊迫した病室の空気を伝えております。不安や祈りや願いの全てが「蛍火」の一語(いちご)に集約された感じです。

母病めり橙の花を雀こぼれ             波郷(はきょう)
(ははやめりだいだいのはなをすずめこぼれ)

蟹紅し遠山あをし母睡し間
(かにあかしとおやまあおしははねしま)

悉く桃は袋被ぬ母癒えむ
(ことごとくももはふくろきぬははいえむ) 
   

第六句集『春嵐(はるあらし)』所収(しょしゅう)のこれらの作品は「訪病母(ほうびょうぼ)」と題し、「馬酔木(あしび)」賞を受賞致しました。

蛍火に象牙の如き杭ぜかな             茅舎(ぼうしゃ)
(ほたるびにぞうげのごときくいぜかな)


如何(いか)にも茅舎らしい感覚の、緻密(ちみつ)で精巧(せいこう)な作品であります。対象は蛍火と杭ぜに過ぎませんが、「象牙の如き」という比喩(ひゆ)は茅舎以外の誰にも真似の出来ない絶妙な選語(せんご)であります。現実的でありながら現実離れしたその世界を野見山朱鳥(のみやまあすか)は「密教的(みっきょうてき)」と評しました。

ゆるやかに着てひとと逢う蛍の夜          信子(のぶこ)
(ゆるやかにきてひととあうほたるのよ)

恋を得て蛍は草に沈みけり             真砂女(まさじょ)
(こいをえてほたるはくさにしずみけり)


いずれも女性らしい繊細な恋心が仄(ほの)かな蛍の光と共に詠われており、闇夜の隠微(いんび)で官能的(かんのうてき)な世界が美しくも情感(じょうかん)豊かに表現されております。

末の子が黴と言葉を使うほど            汀女(ていじょ)
(すえのこがかびとことばをつかうほど)


中村汀女(なかむらていじょ)は星野立子(ほしのたつこ)と併称(へいしょう)された「ホトトギス」の代表的な女流俳人であります。この句は第一句集『汀女句集(ていじょくしゅう)』の横浜時代の昭和九年の作で、汀女は都会的なセンスで日常生活を活写(かっしゃ)し、子供の句に数多くの名吟(めいぎん)を残しました。これは、末の子の僅(わず)かな語彙(ごい)の一つ「黴(かび)」を大きくクローズ・アップさせて、つつましい官舎生活の一端を表現致しました。

たましひを秤るや黴の花の中            朱鳥(あすか)
(たましいをはかるやかびのはなのなか)


第三句集『荊冠(けいかん)』の中の一句。西洋の宗教画を思わせる独特の世界です。「たましひを秤(はか)る」とは冥府(めいふ)で魂を計り、天国か煉獄(れんごく)か地獄か死後の住むべき世界を宣告する有様を句にしたものです。朱鳥は写生を想念(そうねん)の世界へ押し広げる試みを大胆に繰り返しました。

黴げむり上げて日輪すすむなり           隆世(たかよ)
(かびげむりあげてにちりんすすむなり)


北軽井沢の小さなログ・ハウスでの写生です。テラスで曝書(ばくしょ)したときの光景で、黴げむりの中をすすむ日輪の力強さを表現したかったのです。『ホトトギスの俳人101』(稲畑汀子編(いなはたていこへん))で若い阪西敦子(さかにしあつこ)さんが好評して下さいました。



(平成二十三年六月十三日 葉月会「道草」より)


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posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 六月の季題について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする