2014年03月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  十二. 春風(はるかぜ)と 蛙(かはず)

四月の兼題は「春風(はるかぜ)」と「蛙(かは(わ)ず)」であります。

春風や闘志いだきて丘に立つ               虚子(きょし)
(はるかぜやとうしいだきておかにたつ)


『虚子百句(きょしひゃっく)』(稲畑汀子著(いなはたていこ ちょ))には大正二年二月、虚子三十九歳の作と記されております。大正二年と云えば虚子が俳壇復帰(はいだんふっき)して句会を再開し、五月には「ホトトギス」が二百号を迎えるという時期に当ります。子規(しき)没後(ぼつご)、俳句は碧梧桐(へきごとう)等の新傾向派(しんけいこうは)に依(よ)り無季(むき)・自由律(じゆうりつ)という方向へと逸脱(いつだつ)して行きますが、これに対し、俳句はあくまでも有季(ゆうき)・定型(ていけい)であらねばならぬとして敢然(かんぜん)と立ち向かったのが虚子(きょし)であります。春風を満身(まんしん)に受けて闘志を燃やす虚子に青年の覇気(はき)というものを感じます。「春風」という言葉の持つ前向きなイメージが人や時代を象徴し、その洋々(ようよう)たる前途(ぜんと)を祝福しているかのように思われます。

古池や蛙飛こむ水の音                   芭蕉(ばしょう)
(ふるいけやかわずとびこむみずのおと)


誰もが知っている芭蕉の「わび・さび」の世界を代表する句であります。ところが虚子はこの句を「虚子俳話(きょしはいわ)」で二度も取り上げ、この句が芭蕉の閑寂趣味(かんじゃくしゅみ)の代表句であるとされることに疑問(ぎもん)を呈(てい)します。それはこの句が秋暮(しゅうぼ)のような消極的な句ではなく陽春(ようしゅん)の句であるからということであります。虚子は自宅の金魚池でこの「蛙飛び込む水の音」を追体験(ついたいけん)して初めてその謎を解き明かすのです。そして虚子は「芭蕉はもとより喧騒(けんそう)の天地(てんち)を好まなかった。閑寂(かんじゃく)の境地を尊(とうと)んだ。併(しか)しながら決してそれ許(ばか)りではなかった。造化(ぞうか)を友(とも)とし、造化に帰ると言った。春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)の移り変わりに、常に心をとめることが彼の生命(いのち)であった。古池の水が温(ぬる)み始め、蛙の水に飛び込む音の聞えるといふ陽春の一現象が強く彼の心を打った。さうして(そうして)この句が出来た。私は楽しく散歩の杖を運んだ」と結ぶのです。
虚子がこの句に依(よ)り、俳句が「わび・さび」という孤独な閑寂の世界から更に「宇宙(うちゅう)の現(あら)われ」や「永遠の循環性(じゅんかんせい)」というものをその本質とすることを悟り「花鳥諷詠(かちょうふうえい)」や「極楽(ごくらく)の文学」の発想を得たという意味でこの句は大変重要な一句と云えるのであります。

蛙の目越えて漣又漣                   茅舎(ぼうしゃ)
(かわずのめこえてさざなみまたさざなみ)


野見山朱鳥(のみやまあすか)は川端茅舎(かわばたぼうしゃ)によって俳句開眼(はいくかいがん)し、茅舎を目標に俳句を学び、そしてついに茅舎と並び称されるまでになりました。しかし、朱鳥は驕(おご)ることなく死ぬまで茅舎を敬愛(けいあい)しつづけ、茅舎に関する数多くの著作(ちょさく)を残しました。その冒頭にいつも出て来るのがこの句です。「蛙の目」がクローズ・アップされ作者の目と蛙の目とが同化(どうか)しているのが判(わか)ります。その目を漣(さざなみ)が来ては越え、来ては越えして行くのです。その度(たび)に蛙の目は水中に隠れたり水中から出たりいたします。朱鳥は茅舎研究を続ける内に茅舎が北原白秋(きたはらはくしゅう)の影響を受けたことを知ります。白秋の「雲母集(うんもしゅう)」には漣の連作があり、茅舎はその漣のイメージを借りてこの蛙の目に映る不思議な世界を創造したのです。




(平成二十三年四月十日 葉月会「道草」より)




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posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 四月の季題について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする