2013年11月15日

〜道草〜 今月の兼題と例句  八. 冬の山(ふゆのやま)と 狐(きつね)

十二月の季題は「冬の山(ふゆのやま)」と「狐(きつね)」です。「冬の山」は「冬山(ふゆやま)」でも差(さ)し支(つか)えありません。
「冬山」ですぐ念頭(ねんとう)に浮かぶのは昭和十九年一月の松本たかしの「天龍渓谷(てんりゅうけいこく)の連作であります。「信遠二国の境天龍渓谷の最も嶮しき辺りを一人辿る、時に戦局漸く重圧を加ふ(しんえんにこくのさかいてんりゅうけいこくのもっともけわしきあたりをひとりたどる、ときにせんきょくようやくじゅうあつをくわう)」という前書(まえがき)のある有名な連作二十一句です。
中でも

冬山の倒れかゝるを支へ行く                たかし
(ふゆやまのたおれかかるをささえゆく)

冬山の我れを厭ひて黙したる
(ふゆやまのわれをいといてもくしたる)

行き行きて冬山の威の許すなき
(ゆきゆきてふゆやまのいのゆるすなき)

冬山の威に天龍も屈し行く
(ふゆやまのいにてんりゅうもくっしゆく)


という句は病身(びょうしん)のため能(のう)の名門(めいもん)を継(つ)げず戦時下にあって俳句に生きるしかなかった松本たかしが命懸けで魂魄(こんばく)の限りを尽(つ)くして詠(うた)い上げた名品(めいひん)でありまして何(いず)れも第五回読売文学賞を受賞した句集『石魂(せっこん)』の代表作であります。たかし自身、昭和二十三年「笛(ふえ)」三月号の「一寸(ちょっと)怒鳴(どな)って置くこと」という文章の中で「十九年の一月前後、自分は天龍渓谷を歩いて句を作った。自分の生命(せいめい)は、絶大(ぜつだい)、峻厳(しゅんげん)な自然力(しぜんりょく)の前に慴伏(しょうふく)し且(か)つ昂揚(こうよう)した。同時に深刻(しんこく)な戦時下(せんじか)に置かれた日本人としての生活の苦しさをも痛切(つうせつ)に感じない訳にはいかなかった。いかに生くべきか、いかに動くべきか−。それ等(ら)の思(おもい)が渾融(こんゆう)し、沸騰(ふっとう)し、沈潜(ちんせん)していくつかの作品となった。」「たとひ(たとい)その価値はどうあらうとも(あろうとも)、当時戦争の真只中(まっただなか)に於(お)ける、自分の存在の全部を懸(か)けての諷詠(ふうえい)だったといふことは(いうことは)出来る。自然と己(おのれ)とを貫通(かんつう)する生(せい)の象徴(しょうちょう)だったと言ってもいゝ(いい)。そして大切なことだが、其処(そこ)にこそ写生(しゃせい)の本義(ほんぎ)があるのだと云ひたい(いいたい)。」と言っております。僅(わず)か十七文字の俳句ではありますが全身全霊(ぜんしんぜんれい)を打ち込めばこのようにテンションの高い芸術作品が生れるということを学ばねばなりません。

すっくと狐すっくと狐日に並ぶ               草田男(くさたお)
(すっくときつねすっくときつねひにならぶ)


『萬緑(ばんりょく)』所収(しょしゅう)の昭和十四年の作品であります。「すっくと狐すっくと狐」と同じ言葉を二度繰り返すことによって狐の姿態(したい)と習性(しゅうせい)を的確に表し「日に並ぶ」ということで日当たりの良い山中からじっとこちらを伺っている狐の様子が目に見えるようです。メルヘンの世界の得意な草田男のこの狐達は何と人なつこい表情をしていることでしょうか。

短日や狐は檻にあらわれず                 うろお
(たんじつやきつねはおりにあらわれず)


「九年母(くねんぼ)」の代表作家の永岡(ながおか)うろお氏は五十嵐播水(いがらしばんすい)先生に師事(しじ)され『一僧(いっそう)』という句集を一冊上梓(じょうし)されました。
私は高校生の頃、播水選にどんどん入選するうろお氏を羨望(せんぼう)の眼(め)で眺(なが)めたものです。『一僧』の初期に作られたこの句は、「短日(たんじつ)」の句であって「狐」の句ではありませんが、すぐれた写生句であると思います。動物園の写生ですが「狐の檻(おり)」であるから良いのであって「狸(たぬき)」では「狐」の代役は勤まりません。



(平成二十二年十二月十日 葉月会「道草」より)




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posted by 俳句の会 世話人 中杉 髏「 at 00:00| 十二月の季題について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする