〜道草〜 今月の兼題と例句 一. 牡丹（ぼたん）と 卯浪（うなみ）

これから追々俳句に対する私の考えというものをお話して参りたいと思いますが、
まず初めに月々私がお出しする兼題で心に響いた例句をお示ししながら
皆さんと俳句の理解を深めて参りたいと存じます。

今月の兼題は「牡丹（ぼたん）」と「卯浪（うなみ）」です。

牡丹は花の王と言われるように高貴な風格のある花です。
それだけに多くの俳人に愛され例句も多く作られております。
その中でも

白牡丹といふといへども紅ほのか　　　虚子

という句は知らない人が無いくらい有名です。

「紅ほのか」という着眼と「いふといへども」と字余りにした絶妙の措辞（そじ）が
白牡丹の奥ゆかしい美しさをこれ以上表現出来ない位見事に表現しております。

僅か十八文字ながらこれを散文で言い尽くすことは万言を費やしても難しいと思います。

同じ作者の

人の世の今日は高野の牡丹見る　　　虚子

という句も深く心に残る作品であります。

昭和二十七年五月二十五日高野山の金剛峰寺（こんごうぶじ）で作られた句ですが、
「人の世」といい「今日は」という言葉から作者の人生に対する思いの深さに感銘いたします。
「深（しん）は新（しん）なり」という信念そのままの作品と言えるでしょう。


沢山ある「牡丹」の俳句の中で

火の奥に牡丹崩るるさまを見つ　　　楸邨（しゅうそん）

ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに　　　澄雄（すみお）

というような比喩の巧みな表現も目を惹きます。
伝統俳句と現代俳句は長く対立的な関係を続けて参りましたが、
このように作品の上でこそ競い合うべきです。
いくら観念的な応酬を繰り返していても稔りあるものは何も生まれません。


「卯浪（うなみ）」は陰暦四月頃の浪といいますから五月の半ば以降、
丁度春から夏に移ろうとする時期の緑色の海に立つ白浪のことで鬱然（うつぜん）とした
独特の雰囲気のある季題であります。


大卯浪青島びびとうち震ひ
（おおうなみ　あおしまびびと　うちふるひ）　　　朱鳥（あすか）

野見山朱鳥（のみやまあすか）という人は第一句集『曼珠沙華（まんじゅしゃげ）』の序に
虚子から「曩（さき）に茅舎（ぼうしゃ）を失ひ今は朱鳥（あすか）を得た」と讃えられた
戦後の「ホトトギス」を代表する作家で疾風怒涛（しっぷうどとう）のような情熱的な浪漫派俳人であります。
私は、四誌連合で野見山朱鳥の「菜穀火（ながらび）」と一緒に俳句の伝統継承を目指した波多野爽波（はたのそうは）の「青」に創刊より所属いたしておりました。
昭和五十二年頃安乗岬（あのりみさき）へ吟行（ぎんこう）した折

大卯浪独活の断崖晴れにけり　　　隆世
（おおうなみ　うどのだんがい　はれにけり）

という句を作りました。
波多野爽波、宇佐美魚目（うさみぎょもく）、大峯（おおみね）あきら、牧野春駒（まきのしゅんく）、山本洋子という面々と競い合ったものです。

（平成二十二年五月九日　葉月会「道草」より）

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