サバービア通信 名句鑑賞 今月の一句より （２０１２年９月号）

葛咲くや嬬恋村の字いくつ
（くずさくやつまこいむらのあざいくつ）

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　石田 波郷（いしだはきょう）

葛（くず）は秋を代表する季題の一つです。
葉隠（はがく）れに咲くその可憐（かれん）な赤紫の花は秋晴れと照応（しょうおう）し合って情感（じょうかん）深い秋を感じさせて呉（く）れます。

この句は、昭和十七年、新婚間も無い石田波郷（いしだはきょう）が草津の義妹（ぎまい）を迎えに行く途中、嬬恋村（つまこいむら）の字々（あざあざ）を通り抜けた時に作られたものと云われております。

切字の「や」の働き、「嬬恋（つまこい）」という地名の美しさ、「字（あざ）いくつ」という余韻余情（よいんよじょう）の表現が相俟（あいま）って
味わい深い抒情性（じょじょうせい）豊かな作品となりました。

嬬恋村は浅間山（あさまやま）と白根山（しらねさん）の裾野（すその）が交（まじ）わる谷間の大きな村で、あちらこちらに小さな字々（あざあざ）が点在（てんざい）しております。

「嬬恋」の名は日本武尊（やまとたける）が東征（とうせい）の帰途（きと）に妻の弟橘媛（おとたちばなひめ）を偲（しの）んで「吾妻（あづま）はや」と嘆（なげ）いたという古事（こじ）に由来（ゆらい）しているそうです。

中杉隆世

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