波多野爽波論 三、爽波と草田男（三）

草田男俳句の本質にメルヘンの存在を指摘したのは山本健吉氏であるが爽波俳句にもこの要素は多分にある。が、しかし、その表われ方がやはりどこかニューアンスを異にしている。

蟾蜍長子家去る由もなし　　　　　　　　　　　　　　　　　　草田男

（ひきがえるちょうしいえさるよしもなし）

蟷螂は馬車に逃げられし馭者のさま

（とうろうはばしゃににげられしぎょしゃのさま）

兎親子福寿草亦親子めく

（うさぎおやこふくじゅそうまたおやこめく）

鼠・犬・馬雪の日に喪の目して

（ねずみ・いぬ・うまゆきのひにものめして）

圓い月七五三の子みな家に　　　　　　　　　　　　　　　　　爽波

（まるいつきしちごさんのこみないえに）

枯野に家建つと大工がひとり居て

（かれのにいえたつとだいくがひとりいて）

また一つ家が建ちふえ囀れる

（またひとついえがたちふえさえずれる）

旱みち犬に首輪の音憑けり

（ひでりみちいぬにくびわのおとつけり）

草田男の動物には人間と同様の表情がある。爽波の方は明るく澄んだ童謡の世界がある。イソップとアンデルセンの違い。草田男には寓意・決意・滑稽・幸福感・哀感　―　と言った大きな内的衝動があって、心が打たれるが、爽波には内的衝動というよりはむしろ知的、感覚的に詩的景観を嗅ぎ分け、切り取る純粋さがあるように思われる。　

文集　−　波多野爽波論／中杉隆世　三、爽波と草田男（四）へ続く

（昭和三十九年一月）

『青』へ寄稿

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波多野爽波論 三、爽波と草田男（ニ）

しかし、爽波氏の感覚主義も虚子の没個性的客観写生によってその才能の萌芽が育成され典型化されていったものであって、当初から爽波氏がそういう型の人間でなかったのは勿論である。爽波氏の初期の作品に

鳥の巣に鳥が入ってゆくところ　　　　　　　　　　　　　　　爽波

（とりのすにとりがはいってゆくところ）

白靴の中なる金の文字が見ゆ

（しろぐつのなかなるきんのもじがみゆ）

というような幼児的な驚きの目が感ぜられるのもこのことを裏書きするものと解される。

さて、爽波氏における感覚主義と人間主義の融合はまず次のような作品となって表わされる。

子を抱いて虹に立つ人また妊めり　　　　　　　　　　　　　　爽波

（こをだいてにじにたつひとまたはらめり）

夕焼の中に危ふく人の立つ

（ゆうやけのなかにあやうくひとのたつ）

これを草田男の作品と比較すると、

遠き丘のマントの人や若からん　　　　　　　　　　　　　　　草田男

（とおきおかのまんとのひとやわかからん）

金髪の児に指さゝれ秋の人

（きんぱつのこにゆびさされあきのひと）

前者は、作者とかかわりのない「人」として一定の間隔を置いて客観的に眺めていることが判り、後者は作者自身の分身に近い「人」として内面へ立ち入って把えていることが判るのである。前者は、むしろ誓子に近い把え方である。

文集　−　波多野爽波論／中杉隆世　三、爽波と草田男（三）へ続く

（昭和三十九年一月）

『青』へ寄稿

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